サバイバルの基本を知る その5

前回は、ナショナル・ジオグラフィックによる手引書、「世界のどこでも生き残る完全サバイバル術」から、日本国内における自然災害を想定した「備え」の要点を、ステップを踏むかたちでご紹介しました。その記事はこちらです。

米陸軍サバイバル全書 [新版]サバイバルの基本を網羅的に記述した、もう一冊の著名なハンドブック ― 「米陸軍サバイバル全書(U.S. Army Survival)」(新版・第3版; 米国陸軍省編、鄭 仁和訳、並木書房 2011年刊)を追加でご紹介しておきたいと思います。この本の基本性格は「戦場に赴く米国陸軍兵士のための教本」ですが、1957年にサバイバル・テクニックを初めて集大成し、以来長年にわたって改定を続けているものであり、立派な内容もさることながら累計読者数の実績から、サバイバーがバイブルと呼ぶに相応しい本といえるかも知れません。

兵士に与えられた任務は生還によって完結します。本書の趣旨は、「想定外」を禁句として「どのような状況でも絶対に生き延びる」と誓うサバイバーのために、すべての「もしも(1%の可能性)」に備えることです。たとえばある時期の改訂から「核・生物化学兵器から身を守る」という章が追加されたのは、それ以前に非現実的と称されたことが現実となったからに他なりません。私たちが現在直面しているサバイバル状況は、一時的でなく長期にわたるものであり、かつますます複雑化・困難化していく傾向にありますが、本書は今後もそれに随時対応していくでしょう。

兵士に要求される広い意味のサバイバル・テクニックには、心理面のコントロールが含まれます。「サバイバル状況からの生還に成功するには、技術と知識以上のものが要求される。(中略)どのようなサバイバル状況であれ、ポイントとなる鍵は当事者の心理状態にある。サバイバル技術を習得することは重要だ。しかし、生き残ろうとする意志は基本的により不可欠の要素である。生存への強い欲求なしには、習得した知識も役には立たない」と述べています。この、本書で示す「生存・生還への意志」の重要性については、前出のナショナル・ジオグラフィックの手引書にも引用されているところです。

「米陸軍サバイバル全書」は「サバイバルとは一種の心理学である」とも定義しています。「サバイバル状況にいる兵士は、最終的には心に打撃を与える多くのストレスと直面することになる。これらのストレスをよく理解しないと、ストレスによって生じる思考や感情は、訓練された者ですらも優柔不断で生き残りに疑問符がつくような無力な人間にしてしまう」として、サバイバルに直面したときに必ず体験する多様なストレス反応について、そのあるがままの姿を解説しています。

たとえば、サバイバル時の心的反応の一例として、欲求不満と怒りがあります。「計画がトラブルに見舞われたとき、我々は遅かれ早かれ欲求不満に対処しなければいけなくなる。この欲求不満の行き先の一つが『怒り』である。(中略)欲求不満と怒りは衝動的な反応、不合理な行動、思慮に欠ける判断、またたとえば責任回避の言動(人間はときとして習得できないことを避けがちである)を助長する」と説きます。これで思い出しましたが、トランプ政権発足後、止むことなく連発されているトランプ氏自身のツィッターやその他の言動を見ると、それらは「欲求不満と怒り」によって生じたある種のパニック症状に似ていると言えそうです。

私たちは、強いストレスに直面するサバイバル状況、それ自体をコントロールすることはできませんが、状況に対する反応をコントロールすることはできます。いわゆる「ストレス・マネジメント」の知識や技術を学ぶことによって、冷静にものごとを捉え、自分自身と家族、その他のメンバーの生存を確保するための大きな手助けができるようになります。

東日本大震災における被災直後の報道では、日本人の冷静さ・がまん強さが伝えられ、それらについて海外から称賛や驚嘆の目が向けられました。私たちにはたしかに、もともとある程度のストレス耐性が備わっているのかも知れません。ただ、その後も長く続いている避難生活ではストレスや疲労の蓄積、あるいは「災害関連死」などが大きな問題となり、サバイバル状況が長期に及ぶことが明らかとなってきました。

前出の手引書でも「生存率を上げるための具体的なステップ」の中で、避難時にはできるだけ能動的にふるまうよう勧めています。すなわち「手作業などを行い多忙にする。大小の任務に取り組み」恐怖や不安の意識をそらすこと、「何事も前向きに考え、ほかの人々にもポジティブに考えるよう促す」ことや「ユーモアを心がけよう」といったことを推奨しています。これらはそれぞれ、ストレス・マネジメントの一手法です。最後に補足として、ストレス・マネジメント関連の本を2冊ご紹介し、この記事シリーズを締めくくりたいと思います。

ストレスに負けない生活―心・身体・脳のセルフケア (ちくま新書)まず、「ストレスに負けない生活 ― 心・身体・脳のセルフケア」 (熊野宏昭著、ちくま新書; 2007年刊)という本です。「ストレスが健康を阻害するメカニズムと、それを医学・医療の中で扱うパラダイム」について解説したうえで、ストレスやそれが生み出す病気の影におびえながら疲労困憊した毎日を送る代わりに、自分で「ストレスの本質を見抜き、そこから自由になる」ための3つの方法を『力まず、避けず、妄想せず』というキーワードを使って、やさしく紹介しています。

ストレス・マネジメント入門[第2版]―自己診断と対処法を学ぶ2冊目は、ストレス・マネジメントを実践的に掘り下げた「ストレス・マネジメント入門 ― 自己診断と対処法を学ぶ(第2版)」(中野敬子著、筑摩書房; 2016年刊)です。こちらは基本的に、臨床心理士、医師、ソーシャルワーカー、学校関係者、企業カウンセラーなど専門職の方々に向けて書かれた入門書といえます。中身としては、認知行動療法の技法を応用したタイム・マネジメントや問題解決法、認知再構成法、リラクセーション法、怒りのコントロール、イメージリラックス・トレーニング、自己主張訓練などさまざまな技法を学べます。やや専門的ですが、災害時を含むサバイバル対応の延長としても、興味深い内容といえるでしょう。

この記事シリーズは、ここで一区切りとさせていただきます。

投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。