サバイバルの基本を知る その2

前回は、ナショナル・ジオグラフィックによる手引書、「世界のどこでも生き残る完全サバイバル術」の概要についてご紹介しました。その記事はこちらです。

Photo by Frank Hurley – HMS Endurance trapped in Antarctic pack ice (1915), first published in Hurley’s Argonauts of the South (1925)

本書は各章のとびらで、象徴的なサバイバル・エピソードを紹介しています。第1章(基礎編 心と体の備え)に登場するのは、エンデュアランス号による南極探検隊(1914~1916年)です。隊長アーネスト・シャクルトン(Sir Ernest Henry Shackleton)が率いる28名は凍れる海で遭難しますが、極寒の地で2年間におよぶ極限状態に耐え、ついにはシャクルトン以下数名が「救助を求めるために流氷の浮かぶ1300kmもの海を救命ボートで進むこと」を選択してやり遂げ、ひとりの犠牲者も出さずに生還しました。

Photo by probably Frank Hurley – Launch of the James Caird from the shore of Elephant Islan (1916), published in Ernest Shackleton’s book, South (1919)

このニュースは当時世界の人々を驚かせ、「失敗を成功に導いた」シャクルトンは伝説のリーダーとなりました。本書はかれらの成功について「・・大きな理由は、彼らはサバイバルの基礎知識を備えていたことだ。環境に適応した衣服の装備、食べ物や水の調達方法、テントや転覆したボートなどを使いシェルターを確保する方法を熟知し、適切なプランを練ることができた。しかも、サバイバルに最も必要な『冷静さ』が備わっていた」とし、シャクルトンが「全員生還のためには、理論的な考え方と目的を明確にしたプランが必要だ」と述べたことを紹介しています。

エンデュアランス号漂流記 (中公文庫BIBLIO)かれらには多少の運が必要だったかも知れませんが、何より全員にしっかりした心と体の備えがあったこと、またシャクルトンの20年以上のキャリアに基くリーダーシップの存在が大きかったでしょう。シャクルトン自身による「エンデュアランス号漂流記」(中公文庫BIBLIO)も、傑出した冒険記として読み継がれています。1970年に宇宙で爆発事故に遭いながらも無事生還したアポ口13号の船長、ジェームズ・A・ラヴェル Jr. は「シャクルトンの姿勢は我々の姿勢と同じだ。可能性がある限り、前向きでなければならない」と述べています。サバイバルを見事に成功させた人々には、学ぶべき共通点が当然あるということではないでしょうか。

漂流の島: 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う漂流 (新潮文庫)少しわき道にそれますが、日本にも無人島でのサバイバルを扱った史実に基く有名作品がありますのでご紹介しておきましょう。吉村昭の「漂流」(新潮文庫)です。1785年(天明5年)、野村長平らは船の難破により伊豆諸島の鳥島へ漂着しました。その後数年にわたって別の遭難者らも相次いで漂着し、極限状態で12年におよぶ苦闘を続けますが、最後にただ一人生き残った長平が故郷に帰還するという経緯が描かれています。なお、参考資料として、かれらが鳥島でどのように生存に挑んだかを現地調査した「漂流の島 – 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う」(高橋大輔著、草思社刊)という興味深いノンフィクションも出版されています。

八甲田山死の彷徨 (新潮文庫)歴史的な教訓という観点では、シャクルトンのような輝かしい物語のもう一方に、日本人としては忘れることのできない、不名誉な物語があることにも敢えて目を向けておく必要があるでしょう。それは、1902年(明治35年)1月、八甲田山における雪中行軍訓練に参加した陸軍兵士210名が遭難し、内199名が凍死するに至った事件です。軍事訓練中の事故としても、近代登山史における遭難事故としても世界最大級の惨事とされています。

八甲田山

大規模遭難の原因としては、(気象条件に対する判断を含む)科学的な予備知識がきわめて乏しかったこと、(一部の者は冬山での行動にある程度習熟していたが)凍傷の知識が無かったこと、装備が著しく貧弱であったこと、本格的な休息が予定されていないなど計画がずさんであったこと、部隊内で意思決定の不統一があったこと、暗夜で道に迷ったときいたずらに彷徨して体力を消耗したこと・・などが挙げられています(順不同)。これらを裏返して読めば、そのままサバイバルの要点となることにお気づきと思います。なお、この事件を題材にした新田次郎の「八甲田山死の彷徨」(新潮文庫)で、軍首脳による人為的な要因に言及している部分がありますが、史実ではなく作者の創作とされています。

さて、ナショナル・ジオグラフィックの手引書に戻り、上記と関連のありそうな部分をいくつかピックアップしてみましょう。

・・・「サバイバル・テクニックに長けた人は、『現場でむやみに動きまわる人ほど早く命を落とす』と口をそろえる。自然という予測しにくい強大な相手を前に生き残ろうと思うなら、現実を謙虚に受け入れるべきだ。それをおろそかにする者は、大きな犠牲を払うことになるだろう」

 ・・・生き残るためには、「もしも道に迷ったら、自分を『保持する』ことを心がける。冷静さを保ち、現在地を動かない。衣服をチエックし、適正な体温を保つことが肝心だ」

 ・・・たとえテントがなくても、「極寒の地域で身動きがとれなくなった場合は、まず風と寒さから身を守ることだ。比較的簡単に作ることができる雪のシェルター(*)が最低限の避難場所」になり、一般論だが「救助を待つ間、ゆっくりと体を休めていれば食料や水を節約することにもなり、歩き回ることで遭遇するトラブルも避けられる」

(*本書では、雪・その他のシェルターの作成方法をいくつか具体的に紹介しています)

サバイバルの基本を知る その3につづく。

投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。