「日本水没」は現実に起こる

日本水没 (朝日新書)書くべき人が書いた ― このような本を待ち望んでいました。「日本水没」(朝日新書; 2016年7月刊)は小説「日本沈没」と似たタイトルですが、まったくジャンルの異なる啓蒙書です。著者の河田惠昭氏は、テレビの災害関連番組などにもよく出ますのでご存知の方も多いと思いますが、政府や自治体の200を超える委員・委員長を歴任してきた防災・減災研究のフロントランナーです。氏が長年研究してこられた結論は、いま「国難災害」が起これば日本は確実に破滅・衰退するということであり、「そのことに最初に気付いた人聞が行動を起こすことが、危機管理の基本である」として日々奮闘されています。本書の上梓で、氏の活動方針も明らかになりました。

安政の大地震絵図

河田氏が最も危惧するのは、都市部を襲う複合型の巨大災害です。わが国の歴史では過去に3度、すなわち(1)869年の貞観地震(東日本)前後、(2)1707年の宝永地震(東海・西日本)前後、そして(3)1854年から3年連続で起こった安政東海・南海地震、安政江戸地震、安政江戸暴風雨・高潮、という3度の巨大複合災害が史料に残されています。とくに、幕末に起こった安政の複合災害は江戸幕府を疲弊させ、明治維新をうながす重要な要因になった・・・と、歴史教科書も見落としがちな点を指摘しています。

東日本大震災以降、楽観的な日本国民の間にも少しずつ災害に備える意識が高まってきましたが、防災・減災専門家は依然としてきわめて不十分との認識にあります。たとえば、近い将来に起こるとされる首都直下地震の被害予想は甚大ですが、最悪ケースでは東京湾の高潮、利根川や荒川の洪水がその前後で発生して複合化します。また、明治から現在まで、巨大災害は天変(風水害)、地変(地震、津波、土砂、噴火災害)ともそれぞれ13回(平均6年に一度)起こっています。それ以前の時代と比較して発生頻度がだんだん高くなってきており、そのため災害が複合化する確率も高まっているのです。

なお、水害・水没、もしくは複合災害が心配な地域は東京だけではありません。歴史的に見ても名古屋市・伊勢湾、大阪市・大阪湾などは大規模な水害・水没の可能性が高く、また地震の際も大きな揺れ、液状化、火災が心配な地域であり、南海トラフ巨大地震などにおける複合災害への拡大がたいへん懸念されます。それらの被害はいずれも、熊本地震の優に10倍から数十倍以上になると本書は指摘します。

自然災害が昔よりも高頻度に発生する、と聞けば不思議に思う方もいらっしゃるでしょう。その点について河田氏は「自然災害は自然現象であるだけではなく、社会現象でもある」と説明しています。「多くの人は、災害は自然現象であると誤解している。地震が起こり、台風が発生し来襲するのは物理現象で、これはハザード(hazard)と呼ばれる。でも、何もない岩だらけの無人島に高波や高湖、津波がやってきても、一般に社会的・経済的被害は発生しない。無人島だから人的被害も発生しない。しかし、それらが私たちの社会を襲うと、必ず被害が発生する。物理現象にとどまらず、被害をもたらすということで、社会現象になるのだ。これはディザスター (dizaster)と定義できる」と。

津波災害――減災社会を築く (岩波新書)スーパー都市災害から生き残る巨大災害は必ず起こるというだけでなく、ときに複合化し、さらに人口密集のため社会現象として被害が拡大しついに「国難災害」と化す。これこそが巨大複合災害の脅威です。平野や盆地、海岸低地という脆弱地域に人口が集中的に増加したこと、危ないところに人が大勢暮らすようになったことで、現代はむしろ災害に脆くなってきたのです。河田氏は2006年に「スーパー都市災害から生き残る」(新潮社)という著作ですでに警鐘を鳴らしていました。また東日本大震災の前年、2010年12月には「津波災害―減災社会を築く」(岩波新書)を上梓して、その帯で「必ず、来る!」と警告しました。氏の先見性は定評のあるところです。

河田氏がマクロ的視野で「国難災害」を憂えることは本書の通奏低音であり、本文では、タイトルにある通り「日本水没」の詳細な中身を一般読者向けに解説していきます。氏は、現在の防災・減災事業の中心が地震・津波対策に偏り、水害対策が後手に回っているとの問題意識を持っていましたが、そこへ2015年の鬼怒川水害が起こりました。氏は、危惧が的中してしまったことについて忸怩たる思いのなかで、とくに水害・水没にフォーカスした本書を書かれたのだと思います。さらに執筆の最中に、熊本地震が起こりました。

東京湾岸のコンビナート

本書で河田氏は、水害・水没の元凶たる地球温暖化から説き起こし、世界の大都市の例にもれず東京が水没危険性を有すること、広域・集中・ゲリラ豪雨による水害の違い、さらに新たな高潮災害や津波災害について実証データを駆使しながら、随所で第一人者としての知見を展開します。圧巻は第7章であり、うえでご紹介したような巨大複合災害の脅威を具体的に訴え、最後の第8章において、これまでの常識的な「防災」概念を超えた、いますぐにも取り組む必要のある抜本的な「減災」・「縮災」対策をわかりやすく提示しています。

さて次回、今後起こり得る巨大災害がなぜ日本の破滅につながるのか、その脅威に政府・国民はどう対応していくべきかなど、本書のエッセンスをもう少し具体的にご紹介したいと思います。

「日本水没」は現実に起こる その2へつづく。

投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。