〈仏教3.0〉でスッキりする! その2

前回は、藤田一照師・山下良道師による「アップデートする仏教」(幻冬舎新書)をご紹介する1回目でした。その記事はこちらです。

アップデートする仏教 (幻冬舎新書)一口に仏教と言いますが、仏教は世界に一つではなく、教科書的には大きく分けて3つの仏教が共存しています。すなわち(1)中国を経由して日本やベトナムに伝わった「大乗仏教」(禅はこのカテゴリー)、(2)スリランカやミャンマー、タイなどで広まった「テーラワーダ仏教」(上座部仏教や南方仏教とも呼ばれます)、(3)チベット仏教(日本の真言宗は教派的に近い関係)であり、この3分類は、経典の言語に基く分類(漢訳、パーリ語訳、チベット語訳)とほぼ一致します。さらに、3つの仏教は多くの宗派に分かれます。こうした著しい多様性を有するために、仏教が非常に全体像を理解しにくい宗教であることはたしかです。

したがって、ポイントはこれら3つの仏教の本質的・原理的な違いは何か、あるいは(この言い方は間違っているかも知れませんが)どの仏教が”より本来の仏教”なのか、といった素朴な疑問に対する答えです。仏教がまさに「群盲象を撫でる」の”象”のようなものであるなら、一般人が「何もわかっていない」のも当然であり、専門家の出番が要請されるところですが、どうやらその専門家たちの間でも「はっきりとは、わかっていない」らしいのです。そこで、藤田師が大乗仏教の禅僧(曹洞宗)として、また山下師がテーラワーダ仏教の比丘(出家修行者)として、本書のチャレンジングな対談に臨むことになりました。両師にはもとより、現代仏教の複雑な状況をクリアにひも解く必要があるという、強いモチベーションがあったのです。

さて、両師の対談の具体的中身に触れるまえに、少しだけ、足元の日本仏教の現状を確認しておきたいと思います。たとえば、外国人から「あなたは仏教徒ですか?」と訊かれたら、皆さんは何と応えるでしょうか。「宗教年鑑」(文化庁編・平成28年版)によれば、国内各地には7万5千以上の寺院があり、34万人の仏教教師(いわゆる僧侶を含む、宗教法人・団体所属の教師)、そして8,872万人もの信者(=広い意味の仏教徒)がいるとされています。したがって、あなたも「仏教徒です」と応えるのが妥当なのかも知れません。このように、わたしたちは客観的には紛れもない仏教大国に暮らしていますが、自ら仏教徒と意識することはあまりなく、私たち自身が「仏教離れ」についてほとんど無関心である・・といった一つの状況があります。

仏教は、6世紀半ばの伝来から21世紀の今日に至るまで、わが国の生活・文化・精神風土に深く根付いていることは事実です。初詣に始まり、季節の節目にお墓参りをし、旅先では由緒ある寺院を訪れ、あるいは自宅にお仏壇を祀り、いざとなればお葬式や法要をお願いしたりと・・・。わたしたちは、日々の暮らしの中で仏教との接点をそれなりに維持していますが、そのわりには、仏教の何たるかをはっきりと認識せず、モヤモヤさせたまま過ごしている気がします。また、そんなモヤモヤ感を晴らす機会として、空海や親鸞、道元禅師らの伝記を読んだり、仏教学者の少々専門的な本をかじってみたり、また、時にはご住職の法話を伺うといった体験もするのですが、残念ながら、モヤモヤはほとんど解消されません。これも一つの補足的状況です。

ちょっと話を戻すと、国民の「仏教離れ」はとうに明らか、というより、どんどん加速しているように思われます。今まで世間体やしきたりで支払われてきたお布施も減り、ご存知のようにお坊さんを呼ばないお葬式(直葬)まで現れ、基本的には人口減少や地方の消滅と相まって、各地の「檀家制度」も遠からず破綻を来たすのではないか。そのような心配があります。仏教界の中枢では密かに深刻な危機感を抱いているであろうと、容易に想像がつきます。また、現場に出ている30代くらいのお坊さんたちは、もう日本仏教が今のまま続くのは無理だということを肌で感じたうえで、必死にサバイバルを模索しつつある・・・。これらが、日本に限った仏教の厳しい現実の姿と言えるでしょう。

そもそも日本は今、社会の分断や少子高齢化など、解決すべき多くの問題を抱えています。心を重くするニュースが日々もたらされ、わたちたちの閉塞感は一向に晴れる気配がありません。そうした中で、仏教(やその他の宗教)が、本来どんな役割を期待されているかは言うまでもないことです。ところが、肝心の仏教界は、上で述べたような大混迷の状況に浸っている・・・。というところに本書が、比較的良いタイミングで、小粒ながら鋭い一石として投じられ、数年経った今(2017年の半ば)も波紋を広げ続けているのです。早々と本書に触れた読者からは、「これまでのモヤモヤが晴れて、スッキりした」という趣旨の感想が寄せられているそうです。筆者の読後感も、ニュアンスの相違は多少あるにせよ、似たような感じでした。

次回は、両師の出発点でありながら、その後に〈仏教1.0〉と分類されることになった日本の主流的な仏教のあり方について、もう少し触れてみたいと思います。

「〈仏教3.0〉でスッキりする! その3」 につづく。

投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。