「日本水没」は現実に起こる その2

前回は、「日本水没」(朝日新書; 2016年7月刊)の著者、河田惠昭氏が危惧する巨大複合災害=「国難災害」の脅威についての1回目でした。その記事はこちらです。

日本水没 (朝日新書)河田氏は、長年にわたって災害研究をしてこられた結論として、政府や国民が今のままであれば、今後起こり得る巨大複合災害が日本の破滅や衰退につながっていくだろうと喝破しています。なぜ、そうなるのでしょうか。ひとことで言えば、巨大災害に襲われたとき、十分に準備していない政府・国民は対応できず(対応に失敗し)、広範な社会インフラが「想像を絶する規模」で被害を受け、その後も中長期的に社会・経済が最悪レベルの後遺症を引きずることになるからです。氏はこれを「被害は頭蓋骨骨折から脳梗塞へ変化」すると表現しています。わが国は二度と立ち上がれないでしょう。

「想像を絶する規模」の打撃に対しては、こちらも「想像を絶する規模」の資源(resources)を投入できるよう事前に準備しなければなりません。その規模のイメージを読者に想像させるため本書では、たとえば、熊本地震における人的被害・支援のデータと、巨大災害で想定されるデータとを対比しています。ここで複合災害の被害は加算されていませんが、この数字を見れば(単独災害としても)いかに規模が大きいかを初めて実感できるでしょう。

熊本地震 首都直下地震 南海トラフ巨大地震
死 者 70人 2万3千人(*) 32万3千人
負傷者 1,742人 36万6千人 62万3千人
避難者 最大約20万人 720万人(*)
避難所 最大約860か所 3万1千か所

注:熊本地震の死者は関連死を含む。

上記で(*)印のついた数字は、政府の中央防災会議で公表されたものですが、河田氏は同会議では被害全体を過小評価していると断言します。たとえば、首都直下地震の死者2万3千人(*)には、正確な評価方法が不明という理由で、ラッシュアワー時の死者を追加算入していない(したがって最悪ケースはこの数値よりはるかに多い)と指摘しています。

たしかに、巨大災害の場合は被害拡大の理由が数多くあり、事前にすべてを予測できないことから結果的に「未曽有の」被害が生じるという特徴をもつ、ということも氏は述べています。熊本地震の場合でも、震度7の揺れが、28時間の間で2回も被災地を襲ったことが被害を拡大させました。この経験から、一定以上の規模の災害では何がどの程度起こるかを予想し、事前対策を行なっておくことは容易でないことが教訓となりました。まして、巨大災害や巨大複合災害となれば、生半可な準備で太刀打ちできるわけはありません。

出典:総務省消防庁・防災48 / CC BY 4.0
https://open.fdma.go.jp/e-college/bosai/higashi/p01_00.html

繰り返しますが、現状のままでは、近い将来に必ず起こるとされている巨大災害に立ち向かえないことは明白なのです。河田氏は、そうした災害では「初動においてさえ各種資源が極端に不足することが見えており、政府に緊急対策本部が、仮にすぐに立ち上がり、首相のリーダーシップが発揮されたとしても、ないものはない、とか運べないものは運べないという状況が当分の問、解消できないだろう」と指摘しています。さらに「起こってから体制を整えるのでは遅すぎるし、仮に体制ができたとしても、失敗することは必定である」とも。

河田氏は政府の委員という立場ですが、「現在、わが国の政財界の指導者の危機感のなさ、楽観主義は目を覆うばかりである」と嘆きを隠していません。氏はまた、政府はこれまで破滅につながりかねないと訴える専門家に耳を貸してこなかった、そのため欧米先進国と比較し、災害が起こることを前提とした取り組みが遅れを生じてきたと断言します。氏の憤慨が痛いほど伝わってきます。たしかに、これだけ災害が多発する国に住んでいながら、わたしたち日本人の多くは楽観主義であり、なんでも他人事とかたずけるのが得意です。災害が多発するゆえに心が萎え「忘れていたい」と現実逃避しているのかも知れません。しかし、政府や自治体がそうした国民の気分に同調していては、国は確実に滅んでしまいます。

Flooding caused by Hurricane Katrina in the New Orleans area (2005)

河田氏は「災害が起こったとき、日頃の準備以上のことはできないという教訓は、万国共通である。その教訓をわが国は生かしていない」として、日米の体制比較を具体的に示します。まず米国では、通常災害に対して消防署員、警察官、州兵らの対応を州知事が一括統御する仕組みになっており、さらに国土安全保障省の連邦緊急事態管理庁(FEMA)が年間予算1兆円、約8干名の職員を擁して日常防災を実行しています。

ひるがえって災害大国日本では、知事に何の権限もなく、自衛隊も動かせません(東京都知事だけは例外的に消防庁・警視庁の形式上のトップですが機能するかどうか)。また国としては、自然災害対応のため内閣官房と内閣府に専任職員約100名、他省庁に関連職員数十名がおり、内閣府特命大臣のトップ(直接部下は僅か)が指揮しますが、米国とは比ぶべくもない、およそ心許ない体制であると氏は指摘しています。

出典:(財)消防防災科学センター
津波と津波火災による市街地被害

巨大災害が都市部を直撃するときには、消防・警察・自衛隊・自治体職員や自主防災組織などがそれぞれの指揮系統下で限界まで活動しますが、日頃訓練してきた以上のパフォーマンスを期待することはできません。「想像を絶する規模」の被災者が、あらゆる地点から救援を求める事態を前に「なすすべがない」という絶望的状況に陥ることは間違いなく、国民は、先の戦争で日本軍の犯した失敗が再び、目の前で繰り返されたとの思いに沈むでしょう。

このように、わが国の巨大災害に対する備え=戦いは、客観的に見て文字通り致命的なレベルに止まっていると言えます。しかし、もちろん怯んだり諦めたりするのは早過ぎます。河田氏はここから積極的に対策を提言していきます。

「日本水没」は現実に起こる その3へつづく。