白川静の世界 その4

前回は、白川静氏の学問を知るための2番目の入門書、「漢字百話」(1978年・中公新書)をご紹介しました。その記事はこちらです。

さて、ここまで白川氏による一般向け新書2冊と関連著作をいくつかとりあげてきましたが、氏の字解における代表的な文字例については、はじめの方で「口=サイ」の関連について記したのみであったと気がつきました。今回はその意味から「道」という字を選んで、氏がどのように読み解いたかをご紹介したいと思います。白川氏の著作に触れた人ならば、どなたも「道」という文字を、氏の学問の代名詞のように印象深く記憶していることは間違いありません。

china-01前出の「文字逍遥」(平凡社ライブラリー)のなかに「道字論」という濃密な一篇があります。同書は有名な「遊字論」も収録しており、白川学に触れたい方には先の新書2冊に次いで好適な著作といえますが、今はとりあえず「道」のテーマに集中したいと思います。古代世界において「峠路や海上でなくても、道はおそるべきもの」であり、「外部の世界に連なる、最も危険な場所」でしたが、白川氏は「道字論」において次のように表現しています。

文字逍遥 (平凡社ライブラリー)「道が外への接触を求める人間の志向によって開かれるものとすれば、それは他から与えられるものではない。その閉ざされた世界から脱出するために、みずからうち開くべきものである。道をすでに在るものと考えるのは、のちの時代の人の感覚にすぎない。人はその保護霊によって守られる一定の生活圏をもつ。その生活圏を外に開くことは、ときには死の危機を招くことをも意味する。道は識られざる霊的な外界、自然をも含むその世界への、人間の挑戦によって開かれるのである」

常用字解 第二版そのことが「道」の古い字形から考察されます。「常用字解」によれば「道」という字は、首(くび)と歩く・行くの意味がある辵(ちゃく =辶・辶;しんにょう)を組み合わせた形です。金文には、さらに又(ゆう;手の形。おなじく「寸」も手の意味)を加えた字形があり、その首と辵と寸を組み合わせた字は「導」(みちびく)となり、首を手に持って行くという意味になります。「古い時代には、他の氏族のいる土地は、その氏族の霊や邪霊がいて災いをもたらすと考えられたので、異族の人の首を手に持ち、その呪力(呪いの力)で邪霊を祓い清めて進んだ。その祓い清めて進むことを導(みちびく)といい、祓い清められたところを道(みち)」としたのです。

china-04導(みちびく)とは、古代中国における戦争のための先導、行軍を意味しています。「道字論」では次のように表現しています。敵地(異族の支配領域)へ赴く軍にとって、「識られざる神霊の支配する世界に入るためには、最も強力な呪的力能によって、身を守ることが必要であった。そのためには、虜囚の首を携えて行くのである。道とは、その俘馘(ふかく)の呪能によって導かれ、うち開かれるところの血路である」と。

ふたたび「常用字解」で「道」のつづきを読むと、「把手のついている大きな針(余)を呪具として使い、この針を土中に刺して地下にひそむ悪霊を祓い清めることを除といい、そのようにして祓い清められた道を途という。のちには道理(物事の当然のすじみち)のように用い、わが国では芸ごとの専門分野のた意味に用いて、筆道・茶道のようにいう」と解いています。「道字論」では、それらの事情を詳らかに論じていますので、ぜひ参照いただければと思います。

漢字百話 (中公新書 (500))漢字―生い立ちとその背景 (岩波新書)また、道々の要所には「道祖神を祭り、道路の分れめには岐(ふなど)の神、また境界にあたるところには塞(さえ)の神をおいた。その神は男女二神の石神(しゃくじん)の形をとることもあり、精霊送りや虫送りなどを行なう」と、「漢字百話」(中公新書)にあります。道路とは多くの呪術が行われた場所のようです。古代の人々は、異族による呪詛がそこにあれば必ずわざわいを受けると信じ、それを防ぐために種々の呪禁を加えました。とりわけ「道」の字形が示す通り、「異族の首を境界のところに埋めておくことも、呪禁として有効であった。ことにその族長の首ならば、最も効果がある」と「漢字」(岩波新書)にあります。

王家の風日 (文春文庫)このように「道」という文字の意味は、一度知れば忘れることができないでしょう。さらに言うと、異族の首を呪具として用いるため、首狩りの俗が行なわれました。「漢字」に次のような例があります。「卜辞によると、殷人は羌(きょう)族を祭祀の犠牲に用いることが甚だ多く、五十羌、百羌、ときには三百羌を牲殺していることがある。このような大量の人牲は、たぶんこの断首葬に用いられたのであろう。犠牲の法として『伐羌』とかかれていることが多いが、伐は人を戈(か、ほこ)にかけて、その首を截る(きる)形の字である」。ここで羌とは羌族のことです。

前出の宮城谷昌光氏の小説「王家の風日」では、羊とともに生活する羌の小部族に、商(殷)の受王(のちに紂王と呼ばれる人物)の率いる軍隊が嵐のように襲いかかる場面が描かれています。受王には、崩御した帝乙(いつ)の斂葬(れんそう)のために、多くの犠牲を集めて地中に没する役目がありました。小説ではこのとき、商軍の襲来から辛くも逃れた少年・羌望(きょうぼう)が、のちに太公望呂尚として周に加わり商王朝を滅ぼすことになるのです。

白川静の世界 その5へつづく。

投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代前半。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。