「水彩画プロの裏ワザ」はとても親切

今回は、趣味で水彩画を描く人、これから描こうとしている人、(たとえば現役引退してから)描き始めるかも知れない人などにはとても役に立ち、あるいは、自分は描かなくても作品を見ることが好きな人にとっては、見て読むだけで楽しくなる、そういう素敵な本をご紹介したいと思います。画家の奥津国道氏による「水彩画プロの裏ワザ」(ここでは本編とします)と、「同PART2」 (続編)です。見やすく扱いやすい、ソフトカバーの体裁となっています(講談社刊)。

宣伝文句では「初心者でもいきなり上手に描ける」と謳っており、一応は初級者から中級者向けの本と思ってください。ただ実際は、正直に申せば、初級者には技術的に少々ハードルが高い部分も含んでいます。けれども、この本には、素人であっても「やってみたくなる」・「できそうな気がしてくる」不思議と優しい説得力があり、また、素人がそう簡単に習得できないレベルだとしても、そもそもそういう理屈を必要とせず、楽しむことが大切という読者も多いだろうと、筆者は想像しました。

水彩画プロの裏ワザ (The New Fifties)著者の奥津氏は50代後半のころ、透明水彩絵の具で「ふと思いたってフランスの旧舎町で風景画を描いて」みると、「楽しいのである。楽しいから筆が走り、次々と風景画が描きたくなった」というきっかけで、水彩風景画の世界に入りました。その後、2002年5月に「趣昧で絵を描く人の助けになればと思い」著した本編で、氏の制作プロセスをわかりやすく紹介しながら、氏自身が「試行錯誤の末に見つけた技法」を含めて、普通はプロしか知らない高水準のノウハウを惜しみなく明かされたのです。

本編の反響は大きく、絵の技法書として珍しくベストセラーになりました。奥津氏は、プロの裏ワザを紹介しながら、素人の読み手に対しても上から目線ということが少しもなく、ものおじさせず、素直に絵を描く楽しさを伝えています。そのように、以前からよくある技法書や教本のイメージを脱皮しているところも特徴であり、おすすめの理由です。一般の読者からは「とても親切な本」とか、「分かりやすく、こんなに教えてもらって良いだろうか」といった好意的反応が多いようです。

水彩画プロの裏ワザPART2 (The New Fifties)また、それまで自分にはけして描けないと諦めていたような人であっても、奥津氏の作品を豊かな気分で眺めるうちに「こんなふうに思うまま描けたら最高。筆を持ってみようかな」と思い立ち、本編・続編のうしろに紹介されている画材セットを購入してしまったような方もいたのではないでしょうか。プロである奥津氏も「趣味で絵を描く人は、純粋に描きたいという気持ちで描く。それが芸術の原点で、上手い下手は二の次だ」と言ってくれていますので、素人のこちらも気が楽になります。

とはいえ、テクニックを身につければ絵の世界は広がります。氏も「読者はギャラリーの楽しみを味わうだけでなく、各種の技法の解説も詳しく載せているから、自分で再現することもできるようになっている。私は見てもらうだけでなく、お手本を示すつもりで描いている」としており、また、「趣昧で絵を描くことは、ある意昧で鋸や金槌を使って日曜大工をするのに似ている。鋸が満足に挽けなければ、思い通りの本棚が作れないように、絵も基礎技術の集積なのだ。私は本書で、水彩風景画の基本テクニックやプロの裏ワザをお伝えするので、習い覚えてほしい」と、読者への希望を述べています。

モンバルキャンソンスケッチブックF4奥津氏は、風景画のプロセスを紹介する本編・本文の冒頭で、「まず鉛筆デッサンで下絵を描く。透明水彩絵の具で着彩しでも鉛筆の線は見えるので、下絵といえども気を抜かずに描く。私の場合、1枚の絵を完成させるまで約3時間かかるが、そのうち2時間を鉛筆デッサンにあてる。下絵をしっかり描き込んでおけば、次の着彩は塗り絵のようなものだ」と要点を述べたうえで、そのあと、各種の技法をひとつひとつ懇切丁寧に教えていきます。なお、本編と続編の2冊はできるだけ重複を避けており、基本編から応用編に進む流れとなっています。

「私の風景画のいちばんの特徴といえばグリザイユ画法である。色を着彩する前に、グレーやセピアなどで影を描き込んでしまうのである」と述べる部分が、本編のハイライトの一つです。このグリザイユ画法につづき、続編では「最近、私が凝っているカマイユ画法は褐色系の単色で描くもので、ノスタルジックな雰囲気が漂う。これも覚えてほしい」と、氏自身が得意とする技法が惜しげもなく開示されています。具体的な内容は、ぜひ両編でお確かめいただきたいと思います。

watercolor両編を合わせ、非常に多彩な技法やノウハウが紹介されていますが、それらの中から「たとえば」という意味で、筆者が素人なりに感銘を受けた部分を項目のみご紹介したいと思います。本文の章ではなく、すべて「プロの裏ワザ」という囲みコラムから選びましたが、独断と偏見についてはご容赦いただければ幸いです。筆者の場合、こういうワザをもっと早くから知っておればと浅ましい考えを抱く一方で、一読者として、氏への敬意や感謝の気持ちがそれ以上に湧き起こってきてなりません。

・遠景を細密に描き込むと主題が生きる
・「絵はがき」のような絵柄は避ける
・絵は細部で生きる(細密な描写も立派な見せ所になる)
・古い壁は塗りムラを生かす
・ガーゼの使い道は多い
・人物画のパターンを用意しておく/人物スケッチはメモしておく
・手順を覚えれば水面を描ける
・(ボールペンで描くとき)いきなり描ける3基点画法

奥津氏は、スケッチ旅行でスケッチポイントを探すにはとにかくこまめに歩き回ることだとし、そういう中で「思いがけずに素晴らしい風景にバッタリ出会うこともある。パッと目に飛び込んだ瞬間、白黒映画がパートカラーに変わるように、風景が輝いているのだ。その感動があれば、難しくて途中で投げ出したくなるほど苦しくても、最後まで描ききることができる」と秘訣を語っています。

呉竹 水彩セット 透明水彩セット フィス KG301-1 14色セットまた、旅先では携帯やスマホからだれかに写真を送るのもいいのですが、奥津氏は「絵手紙もそれと同じで、身の回りの品々や季節の移り変わり、旅先で目にした光景を描いても、そこに描いた人の心を映し出す。そんな絵手紙は雄弁だ。絵手紙を描くことは記憶を定着させる効用もある。写真は映像をフィルムに定着させるが、絵を描くと映像が記憶に定着されるのだ。だから覚えておきたい光景を絵手紙にするといい」と述べ(続編)、具体的な作例をさまざまに示しながら教えてくれます。

本編の「作品に見るテクニック」では、奥津氏が描いた6点の絵を眺めながら、氏がどんなテクニックを使ってそれらを描いたかを確かめ味わうことができます。また続編における「フランス水彩画紀行」では、氏が5月から6月にかけて、フランスの一年でいちばん素晴らしい季節に描いた特別な6点が紀行文とともに紹介されています。もし絵とくに水彩風景画がお好きならば、作者自身による懇切な解説付きで、佳作とじっくり向き合い鑑賞するという至福の時間を体験しない手はないでしょう。

さて、「水彩画プロの裏ワザ」を手許におき、実際に絵を描き始めるもよし、しばらくこの本を眺めつづけるもよし。皆さんはどちらとなるのでしょうか。筆者はいまのところ後者ですが、奥津氏のように何か小さなきっかけで、スケッチブックを持って旅にでるかも知れません。そういう自分にわくわくするのも面白いものです。

投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代前半。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。