わすれられないおくりもの

今回は「100万回生きたねこ」につづき「死」という重いテーマを見事に扱いこなした絵本の名作「わすれられないおくりもの」(Badger’s Parting Gifts)をご紹介します。本作は、作者スーザン・バーレイ(Susan Varley)が美術カレッジ在学中の1984年に上梓したデビュー作ですが、イギリスの絵本作家の登竜門であるマザーグース賞を受賞し、日本では1986年に評論社より刊行されました。バーレイが文・絵とも手掛けたのは本作のみであり、その後は、バーレイの描いた絵と他の作家による文章という共作のかたちで、多くの絵本を製作しています。

わすれられないおくりもの (児童図書館・絵本の部屋)

さて「死」を題材にした絵本はいろいろありますが、本作は、予期せぬ死によってとても身近な人を喪失したときに、最大の悲しみをどうすれば乗り越えていけるのか、また、乗り越える適切な方法があるとしても、それを幼い子供たちにどのようなストーりーや表現で伝えれば良いのかという課題にさらりと向き合い、本質的な解決策を示すことに成功しています。作者バーレイは、ベテランも尻込みする難しいテーマをわざわざ選択し、新人とは思えないような老練なアプローチと、クラシカルな作風とでそうした成功を引き寄せました。

badge-04ストーリーは全体に重くなり過ぎず、子どもたちに緊張を強いないよう優しくシンプルに構成されています。表現としては、見開きのページごとに、軽やかなタッチのペン画に水彩絵の具で淡く明るく着彩した大小のイラストと、最小限の穏やかなことば遣いを組み合わせ、温かさや懐かしさを醸しだしています。これらのすべてがテーマの持つ本質性とよくフィットし、子どもたちの愛すべき絵本に仕上がっていると同時に、読み聞かせ役を務める大人にとっても完成度の高い、使いやすいツールになっています。

キャラクターとして動物が登場することで、子どもたちは心地良く物語に入り込むことができます。本作の主人公は、イギリスではおおむね好感を持たれることの多い小動物のアナグマ(badger)です。かれはもの知りで賢く、いつも森のみんなから頼りにされ慕われていましたが、自分の年齢では死期が遠くないと感じていました。しかし、かれは「死んで、からだがなくなっても、心は残る」ことを知っていたため「死」を怖がっておらず、ただ一つ気に掛けていたのは自分の死後、友人たちが「あまり悲しまないように」ということでした。冒頭からこのように、死を迎えつつある主人公の内面が淡々と描かれ、その後の展開を子どもたちに少しづつ予感させます。

badge-05そして、ある夜、アナグマは暖炉の揺り椅子で寝入ってしまい、長いトンネルの夢を見ているうちに安らかな死を迎えます。この夢の場面では、天使や天国といった宗教性を加えることを避けつつ、「トンネルの向こう側=死」といった一種の臨死体験的なイメージを描いています。子どもたちは、トンネルのなかで体が浮き上がり、飛翔するように進むアナグマの淡い死の意識を感じとることでしょう。この主人公のように、生あるものは時には予告なくやってくる「死」という事象を受け入れる必要がある。子どもたちの心のどこかに、そうした理解への芽生えが期待される場面です。

アナグマは「長いトンネルのむこうに行くよ、さようなら」という手紙を遺して旅立ち、残された森のみんなは、アナグマがもういないという喪失の悲しみに満たされ、冬の間ずっと、どうしていいか途方に暮れてしまいます。子どもたちも、かれらの悲しみや心の痛みに共感を覚えることでしょう。悲嘆は大きく終わりがないように見えますが、やがて春が来ます。外に出られるようになり、皆互いに行き来して、アナグマと過ごした素晴らしい思い出を語り始めます。子どもたちは、モグラ、カエル、キツネ、ウサギの各々が、アナグマから「わすれられないおくりもの」をもらっていたことを知ります。

わすれられないおくりもの その2につづく。

アナグマのもちよりパーティ (児童図書館・絵本の部屋)アナグマさんはごきげんななめ (児童図書館・絵本の部屋)わたしのおとうと、へん…かなあ (児童図書館・文学の部屋)

投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。