「分断社会を終わらせる」には その4

前回は、井手英策教授の、古市将人・宮﨑雅人両氏との共著で、「分断社会を終わらせる ― 『だれもが受益者』という財政戦略」(筑摩選書)をご紹介する2回目でした。その記事はこちらです。

井手氏らは、国民にいま何が必要なのかを考えるところから始め、誰にとっても必要なものを保障する制度設計を、財源論とセットで進めたいと提唱しています。この議論にはレトリックとしての工夫があり、通常は「負担と受益」というところを順序を変え、「(まず)受益、(そのためには)負担」という言い方になっています。セールストークのようなものですが、一定の効果をあげているように思います。ただ、いずれの言い方にせよ、「財源はどうするんだ」という疑問には答えねばなりません。

people-51井手氏らの答はずばり「増税」です。筆者は個人的に、この井手氏らのストレートな考え方に同意します。国民の受益を増やしがら、借金を返していくには、論理的に増税以外の手段は考えられないからです。たとえば、政府・与党の論理は「できれば増税を訴えたいが、それでは選挙に勝てない。そこで経済成長による税収増でまかない、増税は可能な限り先送りする」というものです。国民の大半はたいへん我慢強く見守っていますが、見る立場によっては、すでにこの論理は破綻をきたしており、その証拠は「分断社会」として本書の前半に示されているとおりです。

一方、民主党政権はかつて国民の期待をひどく裏切りました。その反省の上に立つとされる民進党ですが、政策はいまだ代わり映えせず、財政の議論では与党とニュアンス程度の差しかありません。共産党なども受益に賛成、増税には絶対反対という立場でしょうから、本書の主張とは相容れません。このように比較してみますと、井手氏らが、気楽にものごとを言える立場ではあるとしても、与野党いずれにも与せず、論理的に増税を計算に入れたうえで「分断社会」への処方を示していることは画期的です。

分断社会を終わらせる:「だれもが受益者」という財政戦略 (筑摩選書)井手氏らは、何が必要かを考え、それを実現するための増税にはみんなに応じてもらう、という正攻法を示しています。政治は「こういう社会になる」ことを示し、議会で具体的に話し合い、増税の必要性を合意し、国民を説得すべきであるとしています。いかがでしょう。本書を読んでみようと思うような皆さんなら当然、同意いただけると思うのですが、問題は、はたして政府・与党がこのような戦略に転換できるかどうかです。筆者自身は、ある程度の期待感を持っています。そうでなければ、このような記事を書くこともないでしょう。

井手氏らは、まず消費税の扱いを再考すべきとします。現在、税率10%への引き上げは決まっていますが、そのうち社会保障への追加充当は貧困対策としての1%のみです。前のほうでも触れたとおり、これでは、またも中間層は負担感のみで、受益感を得られない結果になりますので、もっと社会保障の充実分を増やすよう見直す必要があります。井手氏は、具体的には、初めからの増税分5%のうち半分(2.5%)を使えば、社会は好感をもって受け止めるだろうと試算しています。これが、国民の租税への抵抗を和らげ、国の租税調達力を強化する戦略です。

people-50井手氏らは、当然のことながら、消費税以外の税のあり方も合わせて考えることが必要としています。消費増税は低所得層への負担となりますので、同時に、富裕層への負担が大きい所得税や相続税について課税範囲の拡大を含めて見直しを行ない、また、法人税もセットで見直すことが現実的であるとしています。「だれもが受益者」という社会保障政策は、「だれもが負担者」という幅広の税制と一体で設計し運用する考えです。各論には議論の余地が多々あるものの、理念としては分かりやすいと思います。

すでに見てきたように、本書は、ほかの何よりも「分断社会」を治癒することに主眼を置き、そのための戦略として、「受益と負担」に関する独自の主張を展開しています。そして、その議論が図らずも、「財政再建」というテーマに対しても一石を投じるかたちとなっています。

井手氏は自らの立場について、財政再建を重要と考える点で財務省となんら変わるものではないとしたうえで、歳出削減と行政の効率化という手段のみで再建できないことはこの20年の歴史が証明しており、したがって、正面から増税の議論を行なおうと呼びかけているわけです。財務省には、せっかくの機会ですから、面子にこだわらず真摯に応える度量を見せてほしいものです。また、与野党を問わず、そうしたオープンな議論を積極的に仲立ちしたり、自らも参画する政治家が出てきてほしいと思います。

「だれもが受益者」という政策を進める際に、避けて通れない財源論について触れてきましたが、つぎは経済成長との関連などについてもう少し考えてみたいと思います。

「分断社会を終わらせる」には その5 につづく。