「働き方改革」とはなにか その6

前回は、八代尚宏著、「日本的雇用慣行を打ち破れ」をご紹介する4回目でした。その記事はこちらです。

本書のハイライトを4回にわけて紹介してきましたが、5回目の今回は最後に、これこそ「働き方改革」の本丸と考えられる「同一労働同一賃金」をとりあげます。本書ではこのテーマに独立した章を設けず、随所で触れるスタイルをとっています。そこから抜粋した八代氏の趣旨をベースに、筆者が具体的な中身を敷衍するというかたちでお伝えします。今回までに触れずじまいの積み残しも多々ありますが、それらは別の機会に譲りたいと考えております。

people-02八代氏は、日本では正規社員と非正規社員の間に大きな賃金格差があること、これは主として正規社員の年功賃金によるもので、1000人以上の大企業の50歳代のピーク時には契約社員と比べて2.5倍の差があること、また、正規社員同士、大企業と中小企業、男性と女性との賃金格差も年功賃金カーブの差から生じていることなどを指摘します。そこで、これまでの雇用慣行に対して、労働者間の「公平性」の観点から政府が介入する規制強化として、同一労働同一賃金をルール化(法制化)すべきというのが八代氏の基本的立場です。

安倍総理が同一労働同一賃金の実現を明言したことについて、八代氏は直近で、「本当に実現すれば革命といえ、日本的雇用慣行が普遍的なものでなくなる。雇用の流動化が進み、より活発な労働市場ができる」と歓迎姿勢を示しています。ただ、氏は同時に、経団連も連合もこれに建前として賛同しつつ本音では反対し、「現行の雇用慣行に十分に配慮して」といった留保を注文してくるため、実際には実現が容易でないと見立てます。労働組合は非正規社員の待遇改善が正規社員の待遇引き下げをともなう可能性を恐れ、企業経営者も制度移行にまつわる混乱や、作業のハードルの高さを忌避しているのです。

nihonteki-koyou-kankou-wo-uchiyabureそこで八代氏は、同一労働同一賃金の実現を担保するには、少なくとも企業に対して、正規社員同士、正規社員と非正規社員の間の待遇格差について「説明義務」を課すことを、法律に盛り込むよう主張しています。これは企業に、制度移行を骨抜きにさせないための措置です。企業がしっかりと「説明義務」を果たすには、荷がいかに重くとも制度移行の作業に耐えねばならないけれども、そのことによって企業自身が将来大きなメリットを享受するという説得を期待しているわけです。

それぞれの企業で、この「説明義務」を具体的にどのように実行する必要があるかについて、ここからは筆者が少し敷衍させていただきます。制度移行が始まるころには、正規・非正規を問わず、社員の人事評価や待遇決定の現場で次のようなツールが必要となってきます。そこには、何らかの待遇格差が多かれ少なかれ存在している前提です。

まず第1に、デフォルトとなる最初の「同一賃金」テーブルです。これは制度移行前の正規・非正規で乖離を起こしていた2つの賃金水準を、そのどちらに近付けるにせよ1本化したものです。企業によっては、現在の非正規社員の賃金がそのまま「同一賃金」となる可能性があります。正規社員の視点では、メンバーシップ義務の対価(後述)がすべて除外された賃金を意味します。「最初の」とことわった理由は、いったん作成した後も、必ず精緻化やメンテナンスが必要になるからです。

第2に、移行期以降もおそらく、「同一賃金+α」という処遇の「メンバーシップ型社員(次回紹介)」は存在しつづけますので、その「+α」部分、すなわちメンバーシップ義務の対価部分についての具体的基準が必要となります。メンバーシップ義務とは、慢性的な残業や職種転換、転勤などを受け入れる義務、また精神的痛苦に対する金銭補償、メンバーとしての専門的知識、幹部候補としての義務などの組み合わせになると思われます。

people-23第3に、デフォルトの「同一賃金」の理論的根拠として、職種・職務(job)別の業務内容をできるだけ詳細かつ明確に記述した職務基準書(job description)が必要となります。これは、大半の企業、あるいは業界団体などにおいて、これまで作成を避けてきた(怠慢と呼ばれてもしかたのない)ものですが、「説明義務」を果たすには不可欠の基準です。

第4に、上記の職務基準書(job description)と一体で運用されるべき、「職務給」の基準テーブルです。これは、移行期に整備が進んでいくと、第1の「同一賃金」テーブルそのものとなります。つまり、「第1」が初めから「職務給」の基準テーブルとして客観的批判に耐え得るレベルであるならば、「第4」は必要ありません。ただ、移行期のとくに初期段階では、「第1」は何らかの妥協的・一時的な所産となることが予想されますし、また、「第4」は一企業でなく、政府公認の業界団体なども効率よく作成に関与できますので、ここでは便宜的に分けて説明しました。

さて、いかがでしょうか。もし皆さんが、仕事と待遇の関係について説明を求める社員だとしたら、あるいは反対に現場で「説明義務」を負う上司だとしたら、または人事担当者だとしたら、もし上記のように合理的なツールが揃っていなければ、とてもその場に安心感をもって居られないことでしょう。また、もしあなたが取締役人事部長や、労働組合の役員であれば、これらの全体像をよく理解していることが求められるでしょう。

people-20これらのツールが整備され、適切に運用され始めれば、安倍総理が思い描いたように、「非正規社員」という言葉や概念は消えていくでしょう。代わって、社員同士の、また「ジョブ型社員」と「メンバーシップ型社員」との間の待遇差が説明されていくことになります。この「働き方改革」の本丸、「同一労働同一賃金」を真にやり遂げることができれば、労働者が今よりもはるかに公平感を持てるようになり、企業にとっては人事労務管理の大改革となるでしょう。

ただその反面、改革の実行過程でいかに膨大な作業が必要となるかについても、同時にご理解いただけたことと思います。現時点では、既得権者を抱える企業や労働組合がハードルの高さに気後れし、本気で改革に取り組む覚悟を見せていません。八代氏によれば、安倍総理はガイドラインの作成を指示しましたが難航しているようです。政府にはぜひ、現場以上の覚悟と力量を示しつづけることで、説得に成功していただきたい。そのためには国民の後押しも必要であると思います。

次回は、「ジョブ型社員」と「メンバーシップ型社員」をもう少し理解するための参考書として、濱口桂一郎氏の「若者と労働 ― 『入社』の仕組みから解きほぐす」をご紹介します。

「働き方改革」とはなにか その7 につづく。

投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代前半。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。