「働き方改革」とはなにか その5

前回は、八代尚宏著、「日本的雇用慣行を打ち破れ」をご紹介する3回目でした。その記事はこちらです。

今回は「働き方改革」の本丸にせまる本として、ひきつづき、八代尚宏著、「日本的雇用慣行を打ち破れ」をご紹介していきます(4回目)。労働市場政策ないし雇用改革のテーマとして、「同一労働同一賃金」とならんで、「金銭解雇ルールの法制化」がここ数年大きな議論となっています。

people-18八代氏はかねてより、今後の経済成長のためには公平で自由な労働市場をつくり、雇用の流動化を促進することが不可欠という立場です。その第一歩として、企業にも解雇の自由を認めることが必要となり、その具体策が「金銭解雇ルールの法制化」であるという主張です。本書においては、第5章の「解雇ルールの明確化で『労・労対立』を防ぐ」のなかで、その考え方を詳しく述べています。これについては、飯田泰之氏も各所で同様の考え方を主張しています。

すでに何度も見てきたように、(正規社員を対象とする)日本の雇用契約は、どのような仕事をどこででも遂行する代わりに、雇用保障と年功賃金が与えられる包括的な内容となっています。そこには、正規社員としての働き方はもとより、雇用の終了についてもほとんど規定されていません。また、解雇についての法的規制も乏しく、労働基準法上の解雇規制に、原則として30日分の賃金の解雇手当しかないという実態です。

nihonteki-koyou-kankou-wo-uchiyabureそこで、いったん「不当解雇」と呼び得るような事態になると、裁判に訴えられるか否かによって、労働者が得る補償金額に大きな差が生じるということが起こっています。解雇という事態は大企業でも起こりますが、中小企業ではより頻繁に起こります。しかし、中小企業で解雇された社員の場合、実際には裁判に訴える資力が乏しく、労働委員会の斡旋といった手段でわずかの補償金しか得ることができないという実情があります。

一方、大企業で解雇された社員の場合、解雇無効・職場復帰を求める民事訴訟を起こします。そこでは、使用者の解雇権を認めた上で、その「濫用」の有無が争点となります。裁判の結果、復職命令が出た場合でも、実際には和解による解決金を受け取って辞める場合が多いとのことです。その際の金額は企業の支払能力によって異なり、欧米などの勤続1年で1カ月分の解雇補償といった基準と比べても、はるかに高額な解決金となっているようです。

八代氏はこのように、日本の現行法制下では、解雇という事態にあたって大企業労働者と中小企業労働者とのあいだで、結果的にあまりにも大きな格差が生じていることを指摘します。したがって、欧州主要国の例にならい、勤続年数に応じた解雇補償金の上限と下限を法律で定め、その範囲内で裁判官が具体的な補償金を定めるということになれば、裁判自体も迅速となり、労働者がどんな規模の企業に解雇されたかは問題でなくなり、公平な解決が担保されるとしています。

people-06この「金銭解雇ルール」があれば、働いた期間などに応じてきちんと補償金が支払われることになるため、中小企業の場合、社員は良い改革として賛成してくれるはずだが、経営者は反対する可能性が強いと見ています。ところが、大企業の場合、現状の裁判闘争と比べて逆に補償金の上限が抑えられてしまう可能性があることから、社員すなわち労働組合が反対し、経営側が賛成すると見ます。ルールの策定にあたって、中小企業経営者と大企業の労働組合が一致して反対するという、おもしろい構図が予想されるわけです。

また、野党などは、「金銭解雇ルール」ができると、「カネさえ払えば解雇可能になる」という風潮が企業経営者に広がると見て、反対論を展開しています。しかし、ただ単に反対するというだけでは、現に労働審判や民事訴訟の和解で金銭補償が一般化していることや、十分な補償金もなしに解雇されている中小企業労働者が多いという現実から目を背けるものであると、八代氏は鋭く指摘しています。この論争は、筆者の目には、「雇用の流動化を進めたい立場(=改革) vs 雇用を固定化したい立場(=既得権の維持)」と映ります。さてどちらに分があるでしょうか。

なお、政府が今回「働き方改革」で掲げている9テーマの中に「金銭解雇ルール」の明確化ないし法制化は含まれていません。比較的、世論の受けが良いと思われるテーマからまとめていく方針でしょう。八代氏が主張する改革のうち、「金銭解雇ルール」のように大きな抵抗が予想される部分は、政治的に「慎重に検討」されていく情勢です。

「働き方改革」とはなにか その6 につづく。

投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。