「働き方改革」とはなにか その4

前回は、八代尚宏著、「日本的雇用慣行を打ち破れ」をご紹介する2回目でした。その記事はこちらです。

今回は「働き方改革」の本丸にせまる本として、ひきつづき、八代尚宏著、「日本的雇用慣行を打ち破れ」をご紹介していきます(3回目)。今回もまず、当記事の筆者個人のエピソードからお話したいと思います。日本人が欧米で仕事をするとき、さまざまな異文化体験に遭遇しますが、1980年代、筆者が若い頃にアメリカで驚かされたことの一つは、「年齢差別が法律で禁じられている」ことでした。どれほど厳しく禁じられているかというと、会社で部下に、”How old are you?”と何げなく年齢を聞いてはならないわけです。

people-04この質問は、たとえアフターファイブに親しく飲み交わしているときでさえアウトです。日本の中学校で覚えた英語が、役に立たないどころか、使ってはいけない英語だったのです。もちろん他の正しい聞き方を知っていれば問題はありません。いわゆる”political correctness”のことです。職業・性別・文化・人種・民族・宗教・ハンディキャップ・年齢・婚姻の状況などで人を差別してはならず、そのために正しい用語を使う必要があります。

話がついそれてしまいましたが、申し上げたかったのは、欧米諸国では年齢差別を禁じていることです。これにつき八代氏は、本書の第4章、「『年齢差別』からの解放」のなかで詳しく論じています。一定の年齢に達しただけで労働者を無条件で解雇する定年退職制は、人種や性別にもとづく解雇と同じように「年齢による差別」ということになり、厳しく禁止されているのです。筆者もアメリカで身をもってそのことを知ってから、日本的雇用慣行における定年退職制が60歳であれ、65歳であれ、先進国際社会の中で異様なものに見えてきました。

日本で「公平な慣行」と見なしている画一的な雇用保障と解雇のセットは、本質的に、働きたい場合でもその機会を強制的に停止する「年齢による差別」であること、それだけでなく、労働力減少時代にせっかくの貴重な人材・労働力を浪費する制度であるということが、八代氏の基本的な見立てです。もっとも、定年退職制は大企業に特有なものであり、たとえば9人以下の小企業では正規・非正規社員の賃金格差は50歳でも2割程度に過ぎず、雇用の流動性も高いことから定年退職制自体が有名無実となっていることも指摘しています。

高年齢者雇用安定法では、定年退職制廃止の選択肢もありますが、現実には65歳までの雇用継続義務が選択されています。しかし、働きたい労働者から見れば、雇用継続といっても一年ごとに契約を更新するような再雇用では責任ある業務につくことができません。筆者自身も、じかにそのような矛盾を感じた立場です。

また、企業から見れば、現行の雇用保障・年功賃金のまま、もう一方の選択肢である定年廃止を選択すると一般に人件費負担が膨大に増えることになるため、あっても無いと同じ意味の選択肢にすぎないわけです。また日本の労働界は、定年退職制に強制解雇の側面があるとしても、定年までの雇用保障の両面があるため、制度撤廃を推進することについて消極的であるとしています。

people-21欧米諸国は、同じ仕事をできる能力があれば何歳になっても働ける、高齢化社会にマッチした働き方をすでに実現しています。そのことによって、定年退職制は、禁じられているというよりも事実上、不要になっているわけです。ただ、新卒者のような若年労働者がいきなり仕事に見合った賃金を強いられると、長く社会で働いた経験者と競争になりませんので、もしそこに何も手当てしなければ、欧米のように若年層の失業率が大きく上昇することも、八代氏は指摘します。

要するに、定年退職制を何とかするためには、定年前の働き方を改革する必要があります。その骨子はすでに見てきたように、「多様な働き方に中立的な立場から、(すべての)労働者の公平性を確保する新しいルールをつくること」です。八代氏は、より具体的には、「同一労働同一賃金」と、「解雇の金銭補償ルール」ができれば、定年退職制の廃止に結び付いていくとしています。これらが先に、あるいは同時並行で進んでいくことにより、論理的帰結として、定年退職制がに不要になっていきます。

定年退職制という概念をまったく捨ててしまうのでなく、別の角度から変革するアイディアも紹介されています。東京大学の柳川範之教授による「40歳定年制」という提言です。八代氏も、この「40歳定年制」を非常に合理的であると評価していますので、これについては別途、もう少し詳しくご紹介したいと思っております。八代氏の「日本的雇用慣行を打ち破れ」は、まだつづきます。

「働き方改革」とはなにか その5 につづく。

投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。