「分断社会を終わらせる」には その7

前回は、井手英策教授の、古市将人・宮﨑雅人両氏との共著で、「分断社会を終わらせる ― 『だれもが受益者』という財政戦略」(筑摩選書)をもとに、日本型福祉の新たなビジョンについて考えてみました(この本の5回目)。その記事はこちらです。

分断社会を終わらせる:「だれもが受益者」という財政戦略 (筑摩選書)いまにも社会を壊すかも知れない深刻な「分断」を終わらせるには、必要原理に応じて「だれもが受益者」となるように再分配すればよく、それについて国民的合意を形成できれば、増税を含む「だれもが負担者」という財源論を合わせて、制度設計できるようになります。そして、この政策は結果的に(程度は別として)北欧型福祉に近づけることを意味します。また同時に、新自由主義と親和性の強い「小さな政府」から社会民主主義的な「大きな政府」への転換とまで言わぬにせよ、少なくとも日本型の「第3の道」を目指すという意味を持つ、と筆者は考えます。

Stockholm, Sweden
Stockholm, Sweden

ここまではご理解いただけたのではないかと思います。ただ、現時点における井手氏らの立ち位置は、最初に「分断社会」の深刻さを強く訴え、その処方箋の一つを示すところまでの啓蒙段階にあるようです。しかし、日本に残された時間はあまり多くありませんので、なるべくなら次の総選挙に焦点を合わせるくらいのスピードで、国民的議論の沸騰を期待したいと筆者は考えます。井手氏らの掲げる「分断社会を終わらせる」というテーマは、国民にとって、それくらい緊急性と重みのある命題であると言っていいのではないでしょうか。「やるなら今でしょう」と。

ただし、のちに与野党をまたぐ国民的議論に育てていくためには、総選挙で二項対立的な争点化によって「野党の一(いち)主張」というレッテルを貼られないよう、大事にしていただきたいところです。たとえば、当記事シリーズの冒頭で紹介した前原氏にどこまでの計画があったのかは分かりませんが、着眼点はすごく良かったと思いますので、引きつづき、旗振り役を務めていただきたいと思います。野党の専売特許にするべきではなく、あくまでこの政策の実現に向けた与野党協議に発展させてほしいと、そのように感じます。

people-39「分断社会」是正論のオーナーである井手氏らにも、同じことを申し上げたい。皆さんの主張がどれだけ正論であっても、日本の政治風土やここ当分の情勢を見わたすならば、最初のアプローチは左方からでもいいですが、ぜひ日本型の「第3の道」、民主主義的な王道に至る道を目指してほしいと思います。そうしてこそ、「分断」の治癒が可能になると考えるからです。具体的には、与野党双方に向けて発信しつづけること、できれば政党を横断した若手政治家の政策勉強会などを通じて、「分断社会」是正論の浸透をはかってほしいと思います。

さて、すこしちがう話題に移ります。現在、所得制限などにより対象を絞り込んで実施している公的サービスを「だれもが受益者」となるように思いきって拡充していくとなると、「自分は何も努力せずとも、そのようなサービスを享受できる」とかん違いする人は必ず現れます。そうした現象に対して、日本的なモラルハザード(「勤労」などの社会的価値観の棄損)や社会の退嬰を招くのではないかと、懸念を抱く人も多いと思われます。また、かつて破綻した共産主義・社会主義国家などを連想し、社会主義的な思想・政策を体質的に受けつけない人もいるかも知れません。

上記のような懸念や見解を持つ人々のもともとの発想は、ざっくり言うと、日本型福祉における「自助・共助・公助」モデルを使うなら、「公助」はリスクヘッジを含めた社会コストが高くつくので、「自助」(≒自己責任)の比率を最も高く設定しておくのが安全だ、というものです。他方、井手氏らの考え方は、まさにその「自助」への偏重を見直し、「公助」を増やそうとしているわけですから、これは、左右ではじめから綱引きをしているような話、あるいは半永久的に決着を見ない論争かも知れません。

education-01「自助」重視派の人々からは、「公助」には多かれ少なかれ、モラルハザード的リスクが内在するといった指摘が持ち出されますが、それに対し井手氏らは、まさしく「正論」という性格の反論を用意しています。すなわち、ここでも教育が万能の武器となります。前回の記事で、井手氏らは「教育の充実」こそ成長戦略=成長への投資にほかならないとしたわけですが、「教育の充実」によって、社会をモラルハザードに陥らせず、国民のモラルを高めていくこともできます。それこそまさに教育の担うべき課題である、と説明します。

井手氏自身も大学で教鞭をとられていますので、その教育論には普通の文化人よりも説得力が備わっていると感じます。井手氏は、子どもや若者に対する教育の質をいかに高めるかが決定的に重要であり、そのためには、これまで以上に教育機関の改革、新たなカリキュラムや職員の研修プログラムなどが必要になるとしています。また、走りながら、そうした教育改革の成果を記録・検証していくことや、教育を新たな産業、社会の変化に適応させていくことなどの必要性も指摘しています。

井手氏は2016年6月、若い人たち向けに、「18歳からの格差論 18歳からの格差論 – 日本に本当に必要なもの」という冊子もつくっています。筆者も早速手にとってみましたが、井手氏の考え方の基本部分があらかた示されていますので、大人にも面白いと思いました。筆者はとくに、中学生にも理解できそうな、格差是正のロジックが気に入りました。井手氏は高福祉・高負担の北欧諸国では、格差を一番是正していると指摘します。かりにみんなから同率で徴収し、みんなに同額で一律再配分するという単純な方法を実行すると、それによって金持ちにも一部戻りますが、格差は縮小でき、貧しい人はより良く生きていけるという説明になっています。

分断社会ニッポン (朝日新書)また、ご参考までに、2016年9月には佐藤優氏・前原誠司氏とのサロン的な対話形式で、「分断社会ニッポン」(朝日新書)も刊行されています。佐藤氏による独特のつっこみや解釈は定評のあるところですので、お時間に余裕のある方はこちらの本もどうぞ。

井手英策教授の著書を中心に紹介してきました ”「分断社会を終わらせる」には” と題する記事シリーズは、ここでいったん区切りとさせていただきます。

投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代前半。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。