「分断社会を終わらせる」には その5

前回は、井手英策教授の、古市将人・宮﨑雅人両氏との共著で、「分断社会を終わらせる ― 『だれもが受益者』という財政戦略」(筑摩選書)から、財源論を中心にご紹介しました(この本の3回目)。その記事はこちらです。

政府・与党はあらゆる財源を捻出するために、まずは経済を成長させ、その果実(=税収増)を人々に分配するという考え方をずっと基本に置いています。これはどのていど妥当なのでしょうか。国民に示された政府の目論見や試算通りにものごとが進めばいいのですが、今後ますます人口が減っていく事実と、高齢化や災害不安を考えただけでも、厳しい将来を思い描く人々が多いのではないでしょうか。

people-46よく指摘されることですが、国民は将来に不安を抱きつづけており、その不安は少しづつ大きくなっているか、もっと悪いことに、あきらめの感情に置き換わりつつあるような気がします。また、そうした負の心理が生活者から企業経営者にまでいきわたり、経済を委縮させていると思われます。次のオリンピックあたりまでは、政府も国民も必死でがんばるでしょうが、「まずは経済を成長させて」というロジックに全面的に依存するのは、さすがに危うくなってきたと考えるべきでしょう。

分断社会を終わらせる:「だれもが受益者」という財政戦略 (筑摩選書)そこで、一方には「もう経済成長は目指さない」といった意見まで出るようになりましたが、そうした考え方もまた極端過ぎて危いといわざるを得ません。マイナスからゼロ近辺の成長では、だれがどのようにコストを負担するにせよ、社会全体の負担能力が減少し、税収が減り、財政が悪化し・・・という負のスパイラルを止めることができなくなります。したがって、一定以上の成長が必要なことは言うまでもないと、井手氏も述べているところです。

そして、持続的な成長のために何が最も重要かという命題に対して、井手氏は多くの識者と同様に、「教育の充実」(とくに無償化と質的向上)を挙げます。教育こそ、成長のための投資にほかならず、最優先課題であると。教育によって質の高い労働者が育ち、納税者となって税収増につながるとともに、貧困化や犯罪などの社会的コストが抑制されます。途中で職を失った人も追加的な教育によって新たな仕事に就けるように、そこを強化します。教育を総合的に保障し、充実させれば、結果として社会と経済の成長につながるという意見です。

Photo by Hyperboreios - University of Helsinki's Main Library: Kaisa-talo (2012) / CC0
Photo by Hyperboreios – University of Helsinki’s Main Library: Kaisa-talo (2012) / CC0

近年、世界的に高水準の成果を生み出してきた「フィンランド式教育」が注目されています。フィンランドは国土から得られる資源が少なく、「人材こそ財産である」と考え、1970年代に教育投資の拡大と質的改革に着手しました。その後、就学前から大学まですべての教育が無償化されています。なんと分かりやすい理念と、そして実行力でしょうか。ひるがえって、いまのわが国の現状を見ると、低所得層はもとより中間層さえ、自力で十分な教育を獲得することが難しくなっています。周知のように、教育ローンなどで苦しんでいる実態もあります。

井手氏は、すべての子どもと若者を「教育無償化」の受益者としていくために、国民的な努力が必要であると訴え、まずは保育園・幼稚園の重要性を主張します。すべての子どもが充実した就学前教育を受けられるようになれば、中長期的には日本経済の成長に、言い換えればあらゆる人々にプラスになると指摘します。ただ、国民全体の関心がまだ低く、子育て終了世代や子どもを持たない人たちが消極的であること、また、保育園等を一時預かり所と誤解する親も多いことなど、課題も多いと述べています。

Helsinki, Finland
Helsinki, Finland

なお、こうした教育投資への財源論としては、増税以外に「建設国債」が利用できるとしています。建設国債はすでに有利子奨学金の財源として利用されてきましたが、そのことを踏まえ、財政法の建設国債の投資対象に「子ども」を加えるだけで可能だと。ただ、国債については、別の観点から、議論の余地が少なくないと思われます。また、上で述べたような政策の一部は、国のほか地方自治体も実行可能ですが、その際には、地方への税源移譲といったテーマも前提として浮上します。

「教育の充実」という成長戦略=成長のための投資は、このように関連テーマも多く、失礼ながら文科省だけでは無理ですから政府全体、および与野党を挙げて取り組んでほしいと思います。中長期的に、たとえばAIや先端医療、エネルギーなどの新分野を育てることは必要ですが、「教育の充実」がそれらすべての基盤であることは確かです。わが国にまだ体力が残っているこの先10年、15年の間に進めていけば、さらにその先の困難な時代に必ずリターンが望めるでしょう。

つぎは、井手氏らの思想・政策が向かう先にあると思われる、日本型福祉の新たなビジョン、ないし到達点(ゴール)のようなものを見つめてみようと思います。

「分断社会を終わらせる」には その6 につづく。

投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代半ば。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。