「分断社会を終わらせる」には その2

前回は、井手英策教授の著作のうち、「日本財政 転換の指針」 (岩波新書)と、「経済の時代の終焉」(岩波書店刊・”シリーズ現代経済の展望”)に触れました。その記事はこちらです。

people-49井手氏は2016年初頭に、古市将人・宮﨑雅人の両氏との共著で、「分断社会を終わらせる ― 『だれもが受益者』という財政戦略」(筑摩選書)を発表しました。井手氏らはまず、日本人が全体として貧しくなっていることを確認します。世帯所得がピーク時より2割も落ち込み、年収200万円以下の世帯が全体の2割に達していること、非正規労働者の割合が4割を超えたこと、また、意識調査で若い人たちが結婚して子どもを持つことすら難しくなっていることなどから、貧困化あるいは中間層の低所得層化の実態はすでに明らかです。

この先も人口はさらに減っていき、東京オリンピック後に経済が悪化する懸念や、さらには東北大震災につづく災害不安もあります。社会は貧しい人同士が競争する場と化し、思いやりに満ち溢れた社会像ははるか彼方に遠のいています。「自分たちだって苦しい」という中間層の本音の渦からは、困っている人を助けようという声も挙がりにくくなっています。このように、所得階層間の分断を中心に、世代間、地域間、正規・非正規などの分断化が進む日本社会はいまにも壊れかねない、もしくはすでに壊れつつある状態だと、井手氏らは警鐘を鳴らします。

分断社会を終わらせる:「だれもが受益者」という財政戦略 (筑摩選書)国民の多数は実感として、薄々とながらも警鐘に気づいていると思います。しかし、ある調査で、格差是正は政府の責任と思うかという質問に対して、”Yes”と答える日本人の割合は54%と、OECD平均の69%に比べて低く、日本社会では「自助」や「自己責任」という価値観の強いことが指摘されています。国民はさまざまな分断線によって引き裂かれているばかりでなく、自らを引き裂いている側面もあるということでしょう。ほんとうの意味で、自分たちの社会が誤った方向に歩んできたという可能性、あるいは少なくとも向かいつつあることに、気づいていないと思われるのです。

近年、実際の政策はどうであったかという点について、本書の前半で数々の批判が展開されます。過去から積みあがった国の借金と経済の低成長を背景として、再分配の原資は過小となり、したがって抑制せざるを得ず、対象者を階層化するなどして分配してきました。そこでは受益者が限定されることから、非受益者は嫉妬や不信感を増大させることになり、とくに中間層からの、低所得層あるいは受益者層に対するバッシングさえ助長していると指摘します。

また、それに対して受益者層を広げようと求める提案も、与野党を問わずときどき出されますが、その範囲が広ければ広いほど、つねに人気取りとか、バラマキ批判というかたちで排撃されました。そこでよく言われるところの「このまま社会保障費が膨らめば財政は破綻する」というフレーズの多用を指して、井手氏らは「恫喝の政治」あるいは「低位均衡の財政」といった表現で批判しています。また、それらの根底にあるのは、たんに「小さな政府」を目指すという以上の、いわば行き過ぎた新自由主義思想そのものか、それへの同調であると見なしているようです。

people-55対象者の階層化や受益者の限定は、皮肉なことに、2009年から2012年に及ぶ民主党政権下でも目に見えるかたちで実施されました。「税と社会保障の一体改革」という政策を、著者らはもとより、国民一般も期待感をもって見守ったわけですが、その期待は裏切られました。具体的には、消費税の増税分のうち8割が借金返済に回され、医療、年金、介護、子育てといった社会保障には残り2割しか回らなかったからです。これは中間層に受益感をほとんどもたらすことなくなく、負担感のみを増大させました。また、せめて「子や孫にできるだけ借金を残さないように」という義務の履行による満足感があるかといえば、正直そのような感慨を抱いた人は少ないのではないでしょうか。

さて、これまでの政策がそうであったとすると、これから未来に向けて再度、新たな「税と社会保障の一体改革」のようなものを構築するとして、いったい何をどのように変革していけばいいのか? 井手氏らは、財政は本来人々を幸せにするためのものであって、人々を分断したりするためのものであってはならないという観点から、本書の後半で、その変革の原理や具体策を示していきます。それらの中身については、次回にゆずりたいと思います。

分断社会・日本――なぜ私たちは引き裂かれるのか (岩波ブックレット)なお、日本社会が壊れつつあるという危機感のもと、分断の実相をさらに多面的に掘り下げた論文集が2016年6月に出版されています。井手英策、松沢裕作両氏の編著となる、「分断社会・日本 ― なぜ私たちは引き裂かれるのか」 (岩波ブックレット)です。これも非常に読みやすく、井手氏らの改革路線を理解するには、好適な副読本であると思います。

「分断社会を終わらせる」には その3 につづく。

日本財政 転換の指針 (岩波新書)経済の時代の終焉 (シリーズ 現代経済の展望)

投稿者: heartbeat

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