「子どもの貧困」に向き合う その2

前回から阿部彩著、「子どもの貧困 ― 日本の不公平を考える」をご紹介しています。前の記事はこちらです。今回はそのつづき(2回目)として、続編の「子どもの貧困Ⅱ ― 解決策を考える」(岩波新書)の内容を加味しつつご紹介します。

children-003「子どもの貧困」が将来の社会に、いかに甚大な影響を及ぼすかという警鐘もつよく鳴らされるようになりました。15%もの子どもたちが、本来活かせるはずの可能性を削がれてしまえば、一国の経済活動に影響が出ることは必然であり、とくに労働人口の減少が見込まれるわが国においては、許されない損失となるはずです。

近年、わが国でこうした貧困化が進んだ最大の理由はなんでしょうか。ここでは詳しい分析は横に置きますが、起こっている社会現象をひとことで言えば、全体的に子どもを持つ世帯の経済状況が悪くなってきたことです。その中でも、阿部氏がもっとも注目すべきと訴えるのは母子世帯の増加です。母子・父子世帯を合わせた貧困率は50%以上、母子世帯だけの貧困率は60%以上とされ、間違いなく日本でいちばん苦しんでいるのであり、その子どもたちは危機的な状況に置かれていると指摘します。

子どもの貧困II――解決策を考える (岩波新書)また、このことを放置すれば、あるいは手を打ったとしても効果を上げることができなければ、悲惨さがより増していきます。親が貧困であれば、その子が大人になっても貧困から抜け出せないこと、貧困がその子の、そのまた子どもへと世代を超えて連鎖することがさまざまなデータから明らかになっています。大人の貧困も突き詰めると、その人たちが子どもだったときの生育状況や暮らし向きに関わってきます。貧困の連鎖といわれる問題です。

こうした深刻な「貧困」に対する政府の基本政策として、まずは低所得層への所得の再分配ということが期待されますが、これに関して、本書の指摘がたいへんな物議を醸すことになりました。阿部氏が確かめたデータによると、日本では、再分配前(税・社会保険料の支払や年金・生活保護などあらゆる現金給付を受け取る前)と、再分配後(その後)で比べたときに、「子どもの貧困率」が低くならず、逆に高くなるという「逆転現象」が起こっていたのです。

つまり、政府がそれまで行ってきた所得再分配政策は、「子どもの貧困」に関しては不十分どころか完全に誤っていたわけす。阿部氏は、この状況をピンポイントで是正し、貧困削減に対しもっとも効果の期待できる対策として、児童手当や児童扶養手当など「現金給付の見直し」を強く求めますが、政府は「子どもの貧困」を認めたものの、対策を具体化する段階で「手当はバラマキ」として猛烈な反対を示しました。

child-at-parkそもそも政府は以前から、基本的に貧困問題を認めて来なかったのです。そのわけは貧困が見えておらず、見ることを意識的に避けてきたとも言えるでしょう。政府は、かりに貧困対策が必要だとしても総合的経済政策の中でまかなえ、経済の状況が上向けば自ずと解消する問題と捉えてきたふしがあります。また、現金給付については、従来からバラマキと批判してきた野党の政策と一致しかねないため、面子もあって忌避してきたと筆者は見ています。

いちばん貧困率の高い母子世帯にまず対策を講じるべきだとし、そのためには直接的な「貧困削減そのものを目的とした具体的政策」こそ有効という阿部氏の主張は難航しました。阿部氏は、本書の刊行から5年余りを経た2014年に、続編の「子どもの貧困Ⅱ」を上梓しますが、その5年間について、「期待と失望と再度の期待というような目まぐるしい展開の連続」だったと述べています。

世論の後押しもあって、2013年に子どもの貧困対策法が成立したことで、阿部氏の「再度の期待」は広がりました。しかし、母子世帯の窮状は続いています。与党の一部などにはまだ「母子世帯になることに問題がある」といった考えや、母子世帯に手厚い政策をとれば「離婚がもっと増えるだろう」といった、家族についての伝統的価値観に根差した懸念があります。それに対して、これから先も児童扶養手当など、現金給付のさらなる拡充を求めていくことが阿部氏の基本的立場です。

mother-and-babyただ政策の全般的方向性としては、これまでもそうですが今後も、現金給付を制限し、職業訓練などの雇用、就労支援を重視しているようです。確かにそれらも長期的には必要なことですが、いまの日本の母子家庭にフィットしているようには見えません。日本ではシングルマザーの就業率は80.6%と、米国の74%、英国の56%などと比べて非常に高い現状があります。つまり多くのシングルマザーにとって、失業が問題なのではなく、働きながら「ワーキングプア」の状態に置かれていることこそが問題です。この点について、ケネディ駐日アメリカ大使は、「日本は仕事をすることが貧困率を下げることにならない唯一の国」と評しています。

また、現金給付は親への支給であるため使い道を限定できないが、教育や保育サービスなどの現物給付は直接子供に提供されるためより優れている、といった「現金給付vs現物給付」の論争もあります。この点について阿部氏は、貧困にいたるルートが多様であることを踏まえ、「おカネでしか解決できない」場合があることを示し、金銭と現物(サービス)の両輪が必要と述べています。

阿部 彩 氏の2冊は、「子どもの貧困」に関心を持ってすでに何かに取り組んでいる方にも、またそうでない方にも、できればすべての日本人に目を通していただきたい本です。氏の次の著作にも大いに期待したいところです。

筆者はこれまで、日本の美しい自然を「豊か」と感じることはあっても、日本という国家や国民を「豊か」と思ったことがほとんどなく、実は日本を物心ともに「貧しい国」と思ってきました。そのような感覚が、阿部氏の著作によって一部証明されたような気分になりました。しかし、「子どもの貧困」を知り、改善のチャンスを与えられたわれわれは幸運であり、実際に改善できるならば、いくらか「豊かな国」と思えるようになるでしょう。

「子どもの貧困」については、ここでいったん区切らせていただきます。


投稿者: heartbeat

管理人の"Heartbeat"(=心拍という意味)です。私の心臓はときおり3連打したり、ちょっと休んだりする不整脈です。60代前半。夫婦ふたり暮らし。ストレスの多かった長年の会社勤めをやめ、自由業の身。今まで「趣味は読書」といい続けてきた延長線で、現在・未来の「同好の士」に向けたサイトづくりを思い立ちました。どうぞよろしくお願いします。