サバイバルの基本を知る

前回のシリーズ「『日本水没』は現実に起こる」では、迫りつつある巨大災害の脅威をお伝えしました(その記事はこちらです)。今回は、個人や世帯レベルで危機的状況に備えるために、サバイバル全般について学べる恰好のハンドブックをご紹介したいと思います。

サバイバル(survival)というと、文明社会から離れた状態で活動する冒険家や兵士に必要なテーマ、あるいは映画や小説の中のできごとであって、街や都会をめったに離れず生活する自分たちにはあまり関係ない、とお考えの方も多いでしょう。しかし、人が死ぬ場合の原因として、病気の次にくるのは天災・人災を含む「不慮の事故」であり、自宅で普通に暮らしていても生命の危機は突然やってくるものです。したがってサバイバル=生き残ることのために必要な知識や技術は、学んでおいて損になることはありません。

私たちが住む日本列島は、4つのプレートがぶつかり合っているために地震・津波や火山噴火が頻発する世界でもまれな地域であり、また熱帯から亜寒帯まで、南北に長く伸びた複雑な気象条件をもつために台風や豪雨・豪雪、洪水、落雷などさまざまな気象災害が発生しやすい場所でもあります。また、人災としては通常の火災や交通事故に加えて、放射線が大気中に放出される事故や化学物質の漏れ、老朽化したインフラ・建造物の倒壊・破損、さらに近年になって脅威となりつつあるテロ攻撃やパンデミック(pandemic;感染症の世界的流行)など、生命の危険を数え上げれば枚挙にいとまがないほどです。

このように私たちは、文明社会といわれるような場所で、たとえ自宅と職場を往復するだけの平穏な生活を送っているとしても、「ふいに訪れる危機からどのように自分や家族を守り、生き残るか」というテーマに無関心でいいと言えなくなっています。まして出張や旅行など、慣れない土地によく行くことのある活動的な方々であれば、常日頃から関心を寄せておくべきでしょう。とにかく、自宅や職場にいても、どこか外の離れた場所、あるいは世界のどこにいても、予期せぬ緊急事態に対して「備え」が大切ということは言うまでもありません。

世界のどこでも生き残る 完全サバイバル術 (ナショナルジオグラフィック)前置きがだいぶ長くなりましたが、今回ご紹介する本はそうした「備え」の第一歩となり得る手引書、「世界のどこでも生き残る完全サバイバル術 (National Geographic Complete Survival Manual)」です。ナショナル・ジオグラフィックが世界各地を探検し、蓄積してきた知見を注いで2011年に出版しました。特徴は、上で述べたような自宅(住宅地)でのサバイバルも含めた包括的な内容であること、また旅行などに携行できるようコンパクトなサイズにしたことです。その結果、中身の専門性がやや薄くなった代わりに、一般読者にとって読みやすいハンドブックができあがりました。

「はじめに」の中で、執筆者の一人がこう語っています。「私はキャンプをしたこともなく、シェルターの作り方はもちろん、テントの設営方法も知らなかった。そんな私が初めに学んだのは、『自然は刻々と変化し、全てに対して準備をすることはできない。何が起こるかは予測もできない』ということだった。道に迷う、足首を捻挫する、残っていた最後のマッチ箱をぬらしてしまうなどは、どれもよく起こることだ(私の場合は必ず起きる)。」だからこそ、逆に、可能な限り備えておくことが何よりも重要であると本書は説きます。ボーイスカウトやガールスカウトが旨とする「備えよ、常に (Be prepared)」こそ、サバイバルの基本姿勢であると。

現場で危機に陥ってからでは遅いのです。たとえば「人里離れた山で大雪に見舞われ、タイヤがスリップし、道の外に放り出されて震えながらサバイバルの知識を学ぶのでは遅い」と叱咤しています。だから、その地点でそんな目に遭っても何かしら対応できるように、旅先でもこの本で予習・復習しておけということでしょう。さらに「さまざまな技術や状況をよく知り、『もし~したら』と、いろいろな場面を想定してみることが大切だ。たとえば、『もし、道に迷ったら?』 『もし、食料がなくなったら?』 『もし、誰かがケガをしたら?』・・・」などとできるだけ想定の幅を広げておけば、生き延びる(生存率を飛躍的に高める)ことができるだろうと力説しています。

本書は全10章と巻末資料で構成されています。はじめの2章で、生存に欠かせない飲用水、食料、応急処置、体温を維持し心を落ち着かせる「火」、シェルタ一(避難所)、ナビゲーション(地理把握法*)、救難信号といったサバイバルの基本を学ぶようになっています。次の6章では地域条件別に、温帯林、湿地と熱帯雨林、高山、砂漠、極地と亜極圏、水上におけるそれぞれのサバイバル・スキルを、また最後の2章では自宅周辺における災害への備え(総論)、および災害種類別の備え(各論)について説明しています。(*は筆者による仮訳)

各章では、ナショナル・ジオグラフィックならではの写真、図や挿絵、”how to”や”essentials”と題してさまざまなノウハウを紹介するコラム、必需品のリストなどを見やすく配置するとともに、ボーイスカウト・ガールスカウトの経験則から得られた「達人の心得」を掲載するなど、読者を飽きさせることなく、理解を促すための工夫がいろいろ施されています。また、それぞれの自然環境において危機的状況に陥った人々の「サバイバル・ストーリー」を、各章のトピックスとして紹介しています。それらのリアルで興味深い体験談を通して、読者は「サバイバルとは何か」ということの一端に触れることができるでしょう。

なお、巻末には資料(付録)として、持ち物チェックリスト、心肺蘇生法、23の症状に対する応急処置、ロープの結び方、手旗信号、世界の食用植物などについて掲載しています。ただハンドブックという制約があるため、情報としては必ずしも十分といえない部分もあります。必要に応じて、たとえば心肺蘇生法を図解で確認したいとか、食用植物の大きな写真を見たいときなどには、それぞれ専門書の力を借りて下さい。

ここまで本書の概要をざっと述べてみましたが、次回は、とくに筆者の印象に残ったいくつかのポイントに絞ってご紹介したいと思います。

サバイバルの基本を知る その2につづく。

サバイバルの基本を知る その2

前回は、ナショナル・ジオグラフィックによる手引書、「世界のどこでも生き残る完全サバイバル術」の概要についてご紹介しました。その記事はこちらです。

Photo by Frank Hurley – HMS Endurance trapped in Antarctic pack ice (1915), first published in Hurley’s Argonauts of the South (1925)

本書は各章のとびらで、象徴的なサバイバル・エピソードを紹介しています。第1章(基礎編 心と体の備え)に登場するのは、エンデュアランス号による南極探検隊(1914~1916年)です。隊長アーネスト・シャクルトン(Sir Ernest Henry Shackleton)が率いる28名は凍れる海で遭難しますが、極寒の地で2年間におよぶ極限状態に耐え、ついにはシャクルトン以下数名が「救助を求めるために流氷の浮かぶ1300kmもの海を救命ボートで進むこと」を選択してやり遂げ、ひとりの犠牲者も出さずに生還しました。

Photo by probably Frank Hurley – Launch of the James Caird from the shore of Elephant Islan (1916), published in Ernest Shackleton’s book, South (1919)

このニュースは当時世界の人々を驚かせ、「失敗を成功に導いた」シャクルトンは伝説のリーダーとなりました。本書はかれらの成功について「・・大きな理由は、彼らはサバイバルの基礎知識を備えていたことだ。環境に適応した衣服の装備、食べ物や水の調達方法、テントや転覆したボートなどを使いシェルターを確保する方法を熟知し、適切なプランを練ることができた。しかも、サバイバルに最も必要な『冷静さ』が備わっていた」とし、シャクルトンが「全員生還のためには、理論的な考え方と目的を明確にしたプランが必要だ」と述べたことを紹介しています。

エンデュアランス号漂流記 (中公文庫BIBLIO)かれらには多少の運が必要だったかも知れませんが、何より全員にしっかりした心と体の備えがあったこと、またシャクルトンの20年以上のキャリアに基くリーダーシップの存在が大きかったでしょう。シャクルトン自身による「エンデュアランス号漂流記」(中公文庫BIBLIO)も、傑出した冒険記として読み継がれています。1970年に宇宙で爆発事故に遭いながらも無事生還したアポ口13号の船長、ジェームズ・A・ラヴェル Jr. は「シャクルトンの姿勢は我々の姿勢と同じだ。可能性がある限り、前向きでなければならない」と述べています。サバイバルを見事に成功させた人々には、学ぶべき共通点が当然あるということではないでしょうか。

漂流の島: 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う漂流 (新潮文庫)少しわき道にそれますが、日本にも無人島でのサバイバルを扱った史実に基く有名作品がありますのでご紹介しておきましょう。吉村昭の「漂流」(新潮文庫)です。1785年(天明5年)、野村長平らは船の難破により伊豆諸島の鳥島へ漂着しました。その後数年にわたって別の遭難者らも相次いで漂着し、極限状態で12年におよぶ苦闘を続けますが、最後にただ一人生き残った長平が故郷に帰還するという経緯が描かれています。なお、参考資料として、かれらが鳥島でどのように生存に挑んだかを現地調査した「漂流の島 – 江戸時代の鳥島漂流民たちを追う」(高橋大輔著、草思社刊)という興味深いノンフィクションも出版されています。

八甲田山死の彷徨 (新潮文庫)歴史的な教訓という観点では、シャクルトンのような輝かしい物語のもう一方に、日本人としては忘れることのできない、不名誉な物語があることにも敢えて目を向けておく必要があるでしょう。それは、1902年(明治35年)1月、八甲田山における雪中行軍訓練に参加した陸軍兵士210名が遭難し、内199名が凍死するに至った事件です。軍事訓練中の事故としても、近代登山史における遭難事故としても世界最大級の惨事とされています。

八甲田山

大規模遭難の原因としては、(気象条件に対する判断を含む)科学的な予備知識がきわめて乏しかったこと、(一部の者は冬山での行動にある程度習熟していたが)凍傷の知識が無かったこと、装備が著しく貧弱であったこと、本格的な休息が予定されていないなど計画がずさんであったこと、部隊内で意思決定の不統一があったこと、暗夜で道に迷ったときいたずらに彷徨して体力を消耗したこと・・などが挙げられています(順不同)。これらを裏返して読めば、そのままサバイバルの要点となることにお気づきと思います。なお、この事件を題材にした新田次郎の「八甲田山死の彷徨」(新潮文庫)で、軍首脳による人為的な要因に言及している部分がありますが、史実ではなく作者の創作とされています。

さて、ナショナル・ジオグラフィックの手引書に戻り、上記と関連のありそうな部分をいくつかピックアップしてみましょう。

・・・「サバイバル・テクニックに長けた人は、『現場でむやみに動きまわる人ほど早く命を落とす』と口をそろえる。自然という予測しにくい強大な相手を前に生き残ろうと思うなら、現実を謙虚に受け入れるべきだ。それをおろそかにする者は、大きな犠牲を払うことになるだろう」

 ・・・生き残るためには、「もしも道に迷ったら、自分を『保持する』ことを心がける。冷静さを保ち、現在地を動かない。衣服をチエックし、適正な体温を保つことが肝心だ」

 ・・・たとえテントがなくても、「極寒の地域で身動きがとれなくなった場合は、まず風と寒さから身を守ることだ。比較的簡単に作ることができる雪のシェルター(*)が最低限の避難場所」になり、一般論だが「救助を待つ間、ゆっくりと体を休めていれば食料や水を節約することにもなり、歩き回ることで遭遇するトラブルも避けられる」

(*本書では、雪・その他のシェルターの作成方法をいくつか具体的に紹介しています)

サバイバルの基本を知る その3につづく。

サバイバルの基本を知る その3

前回は、ナショナル・ジオグラフィックによる手引書、「世界のどこでも生き残る完全サバイバル術」からアーネスト・シャクルトンのエピソードを、類似の事例とともにご紹介しました。その記事はこちらです。

世界のどこでも生き残る 完全サバイバル術 (ナショナルジオグラフィック)南極におけるシャクルトン、伊豆鳥島の野村長平、八甲田山の陸軍兵士・・・これらはすべてグループ、集団によるサバイバル事例です。もしみなさんが単独の旅行者や、ひとりで隠遁生活を送るような方であれば、あまり関係なかったかも知れません。ここで強調したいのは「グループ行動は有利」ということです。究極のサバイバルは、孤立無援となった一人の人間を主体とするものですが、私たちのように平凡な生活を送る日本人にとっては、単独行動より、おそらくグループ主体のサバイバルを考えるほうが現実的と思うわけです。

インパラの群れ (アフリカ)

人間には基本的に、生存の不安を解消するためグループ(生物学的には”群れ”)をつくって生活しようとする傾向、あるいは本能があるとされています。本書でも、サバイバルの観点から「大勢でいた方が助かる可能性が高くなる」、助け合いながら「必要な作業をこなし、お互いの命をつなぐことができる」と指摘しています。ただし、すでに歴史上の事例で見てきた通り、グループが機能するには中心となるリーダーが必要であり、そのリーダーの良し悪しがサバイバルの成否(=メンバーの生死)を左右するという課題があります。

また、グループで行動しようと一旦決めても、リーダーのなり手がないとか、良いリーダーに恵まれない場合もあるし、非常時特有の著しいストレスや食料等の不足によって人間の欠点が顕わとなり、グループの維持が困難となる場合もあるでしょう。しかし、そうした深刻な課題が生じ得るとしても、なおかつ大勢の方が助かる確率の高いことに留意すべきと思われます。

ゾウの群れ (インド)

さらに、グループが形成されたあとの可能性として、みんなと行動を共にするのはむしろ危険かも知れない、などと疑問を持った場合にどうするかです。「グループに留まって様子をみるのか、離れて単独行動するのか」という選択を迫られますが、難しくとも自分自身で判断するしかないでしょう。他人に命を預けても構わないと楽観できる人であれば、「(自分では何も決めず)誰かに決めてもらおう」という選択もあり得ますが。さて、みなさんの場合はいかがでしょうか。

はしれ、上へ! つなみてんでんこ (ポプラ社の絵本)上記のようにケース・バイ・ケースでなく、前もって単独行動を絶対的ルールとして決めておくこともできます。「津波てんでんこ」です。東北三陸地方の言い伝えとして、津波はあっという間に襲来するため「てんでんこに(てんでんばらばらに)逃げなさい。家や職場にはけして戻らず、親子や兄弟姉妹も顧みず、各自で予め決めてある高所に逃げなさい」というルールのことですが、東日本大震災の経験を経て、有効性・必要性がつよく再認識されました。この事例などを参考にして、各地域やコミュニティで普段から話し合い、何らかのルールを決めておけるならばそれに越したことはないと思われます。

ここまで、主にグループ主体のサバイバルについて考えてきましたが、単独で行動しなければならないときの心得についても見ておきたいと思います。まず前提として、私たちはアーネスト・シャクルトンでも野村長平でもなく、ごく普通の弱い人間であるという認識が出発点です。したがって「いざというとき、自分はパニックに陥らないだろうか」と心配するのは当たりまえ。そこで本書では、突発的な危機に直面した際、「ごく普通の」人間である自分をコントロールするために、常に最初に行うべき手順を教えています。それは「S・T・O・P」と名付けられています(”ストップ”と読めます)。

 Stop
(やめる)
体を動かすことは避ける。座って呼吸を整え心拍数を下げる。数字を3つ数えながら鼻から息を吸い、そのまま3つ数え、また3つ数えながら、鼻あるいは口から息を吐き出す。この呼吸法は、心を落ち着かせ、脳にリラックスするよう信号を送ることができる。
 Think
(考える)
落ち着いたら置かれた状況を見つめ、どう対処できるかを考えよう。呼吸が遅くなると、認知する機能が向上するからだ。
 Observe
(観察する)
周囲の地形や仲間の状態、特にケガをしていないか把握する。現状に向き合うため何を持ち、何がないのかを見極める。
 Plan
(計画する)
状況を把握したら、最も効率的な戦略を立て始める。必要に応じ、計画を修正することを恐れてはいけない。

この「S・T・O・P」を知らなければ、今がサバイバルというとき「何をどうすべきか」と考えるうち、ほんとうにパニックや思考停止を起こしかねません。非常時においては「完壁に順序立てられたチェックリストなどは存在しない。なぜなら、その時の周囲の状況や直面している健康状態によって変化するからだ。しかし、最初に行う手順は常に変わらない」 ―― それが「S・T・O・P」であり、覚えておいて素直に実行すればいいのです。ただし、「最初に行う」と言いましたが、救命措置やケガの応急手当が必要な場合はそれらを優先します。

「S・T・O・P」を行い、心を落ち着かせることができたら、次はいよいよ行動に移ります。たとえば、飲み水の確保やシェルターを探すことなど、本書で記載している具体的なサバイバル行動を指します。一部の専門家はこの “Act”(行動する)を5番目のステップに加えているようですが、まず何はともあれ、「S・T・O・P」(”ストップ”)と覚えておきましょう。

サバイバルの基本を知る その4につづく。

サバイバルの基本を知る その4

前回は、ナショナル・ジオグラフィックによる手引書、「世界のどこでも生き残る完全サバイバル術」に基き、とくに、危機的状況におけるグループ行動の有効性や、「S・T・O・P」という常に最初に行うべき手順などについてご紹介しました。その記事はこちらです。

今回は本書のまとめとして、危機の想定をここ日本国内で自然災害に襲われる場合に絞り、サバイバルの可能性を最大にする「備え」とは何か、その要点を抽出してみたいと思います。書店では防災関連のさまざまな類書を入手できますが、本書は、ナショジオならではの視点で役に立つアドバイスを提供しています。災害のなかで生き延びる可能性を最大にするために、「自分でできることはたくさん」あると訴えています。ご参考になれば幸いです。

(1) まず、当たり前のようですが「体と精神を鍛えておく。計画した冒険に旅立つ前に正しい体力づくりを行っていれば、いざという時に必要なスタミナと精神力を維持」できると指摘しています。日常生活には関係ない・・と言えません。たとえば、首都直下地震(30年以内の発生確率70%)一つをとっても、首都圏の方々は「毎日が冒険」といえる状況です。心の備えとしても、いざというとき「自らの恐怖心を認め、それをもう一人の自分の視点で客観的に見つめる」といったことが可能かどうか、これもまた普段の心がけ次第ではないでしょうか。

(2) 次に大切なことは情報です。「何が起こるかをすべて予想して準備するのは不可能」であるとはいえ、自分と家族が住む地域でどんな災害が起こりやすいかを事前に「自分で調べ、家族にも知らせておくこと」が大切です。自治体等で作成されているハザードマップ、(できるだけ詳細な被害想定を含む)地元の防災計画、近隣の地図(主要施設や道路、河川、高低差等が読み取れるもの)、複数の避難ルートや避難場所などが、前もって把握しておくべき最低限の情報であり、それらは誰かに伝えてもらうまで待っているのでなく、自分から積極的にとりにいくことが必要です。

(3) 次にそれらの基礎情報を踏まえ、電気・ガス・水道・電話回線などのライフラインが止まっても、家族が「最低3日聞を過ごせる防災セット」を自宅に備えます。可能であれば少しでも長い期間、たとえば2週間ほどを過ごせるセットを用意しておけば、より安心できるでしょう。本書では、防災セットの中身やそろえるためのヒント、独自の防災セットのつくり方、市販の防災セットのチェック・ポイント、(防災セットを含め)避難時に家から持ち出すもののリスト、などを具体的に記載しています。

ラジオライフ2017年4月号また、自宅だけでなく自家用車、および職場にも可能な限りのものを準備するよう勧めています。セットとして保管する前には、ラジオや懐中電灯、コンロ、その他の道具類については一度使用してみること、食料もできれば一度食べてみることなどを行ない、中身をしっかり確認しておきましょう。

 

(4) 防災セットの次は、アクション・プランの実行です。大人全員と年長の子どもたちは以下の項目を行ないます。本書では「防災計画を立てる」、「訓練しておくべき防災スキル」などと表現している部分です。

・119番・110番への電話のかけ方を子どもたちに教えておきます。「災害用伝言ダイアル(171番)」や、自治体などによるスマホ向け防災アプリ(*)も同様。
・家族の連絡先 ― 電話番号、メールアドレス(*)などを覚えるか、手帳にメモしておきます。スマホ等が使えなくなる状況も考えたバックアップです(*)。
・地域外に緊急時の連絡先(コンタクト・パーソン)を決め、信頼できる連絡先には自分や家族に関する必要な個人情報を前もって預け、いざというときの開封を依頼します。
・家の外へ出る(避難・脱出する)ルートを各部屋で2通りずつ決めておきます。場合によって、家族で「津波てんでんこ」式のルール(*)を決めておきます。
・家の外での集合場所(すぐに集まって全員の安否確認ができる場所)を決めておきます。集合場所は「第1」、そこに行けないときは「第2」というように複数地点を用意します(*)。
・防災セットの保管場所、消火器の使い方、電気・ガス・水道の元栓などを確認しておきます。
・できるだけ、最新の応急手当法、心肺蘇生法、AEDの使用方法(*)などの訓練を受けておきます。

(*印は筆者による追記)

(5) 以上はすべて、時間に余裕のあるときにやっておくべき事前の「備え」ですが、さらに、災害の直前および直後の「避難行動」についても確認しておきたいと思います。基本的に「避難指示が出たら、1分たりとも無駄にしないで素早く動かなければ」なりません。警報から避難するまでにどれだけ時間があるかによって、持ち出すものは変わります。そうした中でも「必ず長ズボンと長袖のシャツに着替え、丈夫な靴を履く」ことが基本です。

Photo by Taisyo – 2014年8月の広島
の豪雨被害(八木地区)/ CC BY 3.0

しかし「指示が出ていない場合、屋外に避難するか家にとどまるかの重要な選択をするのは、あなた自身」という状況に、とくに注意が必要です。伊豆大島の土砂災害(2013年)、広島市の土砂災害(2014年)、岩手県岩泉町の洪水被害(2016年)などの教訓を思い起こしていただきたいと思います。災害の危険が迫りつつあるとき、自宅にとどまるのか・外部に避難するのか、いますぐ行動に移すかどうか。刻々と状況が変わる中で、どうすれば自分と家族を守れるかを自分自身で判断し、行動しなければなりません。

本書では、「救助がすぐに来ないと分かっている場合や直ちに医療行為の救援が必要な場合。また、そこに十分な水がないなど、現在地が自分の生存を脅かすと判断し、その場所から抜け出す方法を知っている場合だけ」は、現在地を離れてよいとしています。それでも「家から出るのがどうしても不可能な場合」があります。そのときは、あらゆる連絡手段を用いて救援を求め、待つことになります。天候が許せば、鏡や火、煙、SOSサインなどを使って居場所を知らせることも可能です。また、救援が来るまでの時間的目安として、以下の「3の法則」が紹介されています。

3分以上、体に酸素が行き渡らなければ死に至るとされている。
呼吸が止まった人には、即座に処置が必要。
3時間以内には、雨や雪、もしくは炎天下の日差しや極度の低温、あるいは高温から体を守る必要がある。
3日以内には、水分と睡眠をとる必要がある。
3週間以内に、食事をとらなければならない。

ここまで、ナショナル・ジオグラフィックによる「世界のどこでも生き残る完全サバイバル術」のエッセンスをご紹介してきました。次回は、もう一冊の著名なハンドブックをご紹介しながら、締めくくりとして、サバイバルにおける心理面のポイントを見ておきたいと思います。

サバイバルの基本を知る その5につづく。

サバイバルの基本を知る その5

前回は、ナショナル・ジオグラフィックによる手引書、「世界のどこでも生き残る完全サバイバル術」から、日本国内における自然災害を想定した「備え」の要点を、ステップを踏むかたちでご紹介しました。その記事はこちらです。

米陸軍サバイバル全書 [新版]サバイバルの基本を網羅的に記述した、もう一冊の著名なハンドブック ― 「米陸軍サバイバル全書(U.S. Army Survival)」(新版・第3版; 米国陸軍省編、鄭 仁和訳、並木書房 2011年刊)を追加でご紹介しておきたいと思います。この本の基本性格は「戦場に赴く米国陸軍兵士のための教本」ですが、1957年にサバイバル・テクニックを初めて集大成し、以来長年にわたって改定を続けているものであり、立派な内容もさることながら累計読者数の実績から、サバイバーがバイブルと呼ぶに相応しい本といえるかも知れません。

兵士に与えられた任務は生還によって完結します。本書の趣旨は、「想定外」を禁句として「どのような状況でも絶対に生き延びる」と誓うサバイバーのために、すべての「もしも(1%の可能性)」に備えることです。たとえばある時期の改訂から「核・生物化学兵器から身を守る」という章が追加されたのは、それ以前に非現実的と称されたことが現実となったからに他なりません。私たちが現在直面しているサバイバル状況は、一時的でなく長期にわたるものであり、かつますます複雑化・困難化していく傾向にありますが、本書は今後もそれに随時対応していくでしょう。

兵士に要求される広い意味のサバイバル・テクニックには、心理面のコントロールが含まれます。「サバイバル状況からの生還に成功するには、技術と知識以上のものが要求される。(中略)どのようなサバイバル状況であれ、ポイントとなる鍵は当事者の心理状態にある。サバイバル技術を習得することは重要だ。しかし、生き残ろうとする意志は基本的により不可欠の要素である。生存への強い欲求なしには、習得した知識も役には立たない」と述べています。この、本書で示す「生存・生還への意志」の重要性については、前出のナショナル・ジオグラフィックの手引書にも引用されているところです。

「米陸軍サバイバル全書」は「サバイバルとは一種の心理学である」とも定義しています。「サバイバル状況にいる兵士は、最終的には心に打撃を与える多くのストレスと直面することになる。これらのストレスをよく理解しないと、ストレスによって生じる思考や感情は、訓練された者ですらも優柔不断で生き残りに疑問符がつくような無力な人間にしてしまう」として、サバイバルに直面したときに必ず体験する多様なストレス反応について、そのあるがままの姿を解説しています。

たとえば、サバイバル時の心的反応の一例として、欲求不満と怒りがあります。「計画がトラブルに見舞われたとき、我々は遅かれ早かれ欲求不満に対処しなければいけなくなる。この欲求不満の行き先の一つが『怒り』である。(中略)欲求不満と怒りは衝動的な反応、不合理な行動、思慮に欠ける判断、またたとえば責任回避の言動(人間はときとして習得できないことを避けがちである)を助長する」と説きます。これで思い出しましたが、トランプ政権発足後、止むことなく連発されているトランプ氏自身のツィッターやその他の言動を見ると、それらは「欲求不満と怒り」によって生じたある種のパニック症状に似ていると言えそうです。

私たちは、強いストレスに直面するサバイバル状況、それ自体をコントロールすることはできませんが、状況に対する反応をコントロールすることはできます。いわゆる「ストレス・マネジメント」の知識や技術を学ぶことによって、冷静にものごとを捉え、自分自身と家族、その他のメンバーの生存を確保するための大きな手助けができるようになります。

東日本大震災における被災直後の報道では、日本人の冷静さ・がまん強さが伝えられ、それらについて海外から称賛や驚嘆の目が向けられました。私たちにはたしかに、もともとある程度のストレス耐性が備わっているのかも知れません。ただ、その後も長く続いている避難生活ではストレスや疲労の蓄積、あるいは「災害関連死」などが大きな問題となり、サバイバル状況が長期に及ぶことが明らかとなってきました。

前出の手引書でも「生存率を上げるための具体的なステップ」の中で、避難時にはできるだけ能動的にふるまうよう勧めています。すなわち「手作業などを行い多忙にする。大小の任務に取り組み」恐怖や不安の意識をそらすこと、「何事も前向きに考え、ほかの人々にもポジティブに考えるよう促す」ことや「ユーモアを心がけよう」といったことを推奨しています。これらはそれぞれ、ストレス・マネジメントの一手法です。最後に補足として、ストレス・マネジメント関連の本を2冊ご紹介し、この記事シリーズを締めくくりたいと思います。

ストレスに負けない生活―心・身体・脳のセルフケア (ちくま新書)まず、「ストレスに負けない生活 ― 心・身体・脳のセルフケア」 (熊野宏昭著、ちくま新書; 2007年刊)という本です。「ストレスが健康を阻害するメカニズムと、それを医学・医療の中で扱うパラダイム」について解説したうえで、ストレスやそれが生み出す病気の影におびえながら疲労困憊した毎日を送る代わりに、自分で「ストレスの本質を見抜き、そこから自由になる」ための3つの方法を『力まず、避けず、妄想せず』というキーワードを使って、やさしく紹介しています。

ストレス・マネジメント入門[第2版]―自己診断と対処法を学ぶ2冊目は、ストレス・マネジメントを実践的に掘り下げた「ストレス・マネジメント入門 ― 自己診断と対処法を学ぶ(第2版)」(中野敬子著、筑摩書房; 2016年刊)です。こちらは基本的に、臨床心理士、医師、ソーシャルワーカー、学校関係者、企業カウンセラーなど専門職の方々に向けて書かれた入門書といえます。中身としては、認知行動療法の技法を応用したタイム・マネジメントや問題解決法、認知再構成法、リラクセーション法、怒りのコントロール、イメージリラックス・トレーニング、自己主張訓練などさまざまな技法を学べます。やや専門的ですが、災害時を含むサバイバル対応の延長としても、興味深い内容といえるでしょう。

この記事シリーズは、ここで一区切りとさせていただきます。