サバイバルの基本を知る

前回のシリーズ「『日本水没』は現実に起こる」では、迫りつつある巨大災害の脅威をお伝えしました(その記事はこちらです)。今回は、個人や世帯レベルで危機的状況に備えるために、サバイバル全般について学べる恰好のハンドブックをご紹介したいと思います。

サバイバル(survival)というと、文明社会から離れた状態で活動する冒険家や兵士に必要なテーマ、あるいは映画や小説の中のできごとであって、街や都会をめったに離れず生活する自分たちにはあまり関係ない、とお考えの方も多いでしょう。しかし、人が死ぬ場合の原因として、病気の次にくるのは天災・人災を含む「不慮の事故」であり、自宅で普通に暮らしていても生命の危機は突然やってくるものです。したがってサバイバル=生き残ることのために必要な知識や技術は、学んでおいて損になることはありません。

私たちが住む日本列島は、4つのプレートがぶつかり合っているために地震・津波や火山噴火が頻発する世界でもまれな地域であり、また熱帯から亜寒帯まで、南北に長く伸びた複雑な気象条件をもつために台風や豪雨・豪雪、洪水、落雷などさまざまな気象災害が発生しやすい場所でもあります。また、人災としては通常の火災や交通事故に加えて、放射線が大気中に放出される事故や化学物質の漏れ、老朽化したインフラ・建造物の倒壊・破損、さらに近年になって脅威となりつつあるテロ攻撃やパンデミック(pandemic;感染症の世界的流行)など、生命の危険を数え上げれば枚挙にいとまがないほどです。

このように私たちは、文明社会といわれるような場所で、たとえ自宅と職場を往復するだけの平穏な生活を送っているとしても、「ふいに訪れる危機からどのように自分や家族を守り、生き残るか」というテーマに無関心でいいと言えなくなっています。まして出張や旅行など、慣れない土地によく行くことのある活動的な方々であれば、常日頃から関心を寄せておくべきでしょう。とにかく、自宅や職場にいても、どこか外の離れた場所、あるいは世界のどこにいても、予期せぬ緊急事態に対して「備え」が大切ということは言うまでもありません。

世界のどこでも生き残る 完全サバイバル術 (ナショナルジオグラフィック)前置きがだいぶ長くなりましたが、今回ご紹介する本はそうした「備え」の第一歩となり得る手引書、「世界のどこでも生き残る完全サバイバル術 (National Geographic Complete Survival Manual)」です。ナショナル・ジオグラフィックが世界各地を探検し、蓄積してきた知見を注いで2011年に出版しました。特徴は、上で述べたような自宅(住宅地)でのサバイバルも含めた包括的な内容であること、また旅行などに携行できるようコンパクトなサイズにしたことです。その結果、中身の専門性がやや薄くなった代わりに、一般読者にとって読みやすいハンドブックができあがりました。

「はじめに」の中で、執筆者の一人がこう語っています。「私はキャンプをしたこともなく、シェルターの作り方はもちろん、テントの設営方法も知らなかった。そんな私が初めに学んだのは、『自然は刻々と変化し、全てに対して準備をすることはできない。何が起こるかは予測もできない』ということだった。道に迷う、足首を捻挫する、残っていた最後のマッチ箱をぬらしてしまうなどは、どれもよく起こることだ(私の場合は必ず起きる)。」だからこそ、逆に、可能な限り備えておくことが何よりも重要であると本書は説きます。ボーイスカウトやガールスカウトが旨とする「備えよ、常に (Be prepared)」こそ、サバイバルの基本姿勢であると。

現場で危機に陥ってからでは遅いのです。たとえば「人里離れた山で大雪に見舞われ、タイヤがスリップし、道の外に放り出されて震えながらサバイバルの知識を学ぶのでは遅い」と叱咤しています。だから、その地点でそんな目に遭っても何かしら対応できるように、旅先でもこの本で予習・復習しておけということでしょう。さらに「さまざまな技術や状況をよく知り、『もし~したら』と、いろいろな場面を想定してみることが大切だ。たとえば、『もし、道に迷ったら?』 『もし、食料がなくなったら?』 『もし、誰かがケガをしたら?』・・・」などとできるだけ想定の幅を広げておけば、生き延びる(生存率を飛躍的に高める)ことができるだろうと力説しています。

本書は全10章と巻末資料で構成されています。はじめの2章で、生存に欠かせない飲用水、食料、応急処置、体温を維持し心を落ち着かせる「火」、シェルタ一(避難所)、ナビゲーション(地理把握法*)、救難信号といったサバイバルの基本を学ぶようになっています。次の6章では地域条件別に、温帯林、湿地と熱帯雨林、高山、砂漠、極地と亜極圏、水上におけるそれぞれのサバイバル・スキルを、また最後の2章では自宅周辺における災害への備え(総論)、および災害種類別の備え(各論)について説明しています。(*は筆者による仮訳)

各章では、ナショナル・ジオグラフィックならではの写真、図や挿絵、”how to”や”essentials”と題してさまざまなノウハウを紹介するコラム、必需品のリストなどを見やすく配置するとともに、ボーイスカウト・ガールスカウトの経験則から得られた「達人の心得」を掲載するなど、読者を飽きさせることなく、理解を促すための工夫がいろいろ施されています。また、それぞれの自然環境において危機的状況に陥った人々の「サバイバル・ストーリー」を、各章のトピックスとして紹介しています。それらのリアルで興味深い体験談を通して、読者は「サバイバルとは何か」ということの一端に触れることができるでしょう。

なお、巻末には資料(付録)として、持ち物チェックリスト、心肺蘇生法、23の症状に対する応急処置、ロープの結び方、手旗信号、世界の食用植物などについて掲載しています。ただハンドブックという制約があるため、情報としては必ずしも十分といえない部分もあります。必要に応じて、たとえば心肺蘇生法を図解で確認したいとか、食用植物の大きな写真を見たいときなどには、それぞれ専門書の力を借りて下さい。

ここまで本書の概要をざっと述べてみましたが、次回は、とくに筆者の印象に残ったいくつかのポイントに絞ってご紹介したいと思います。

サバイバルの基本を知る その2につづく。